どれほど、この日が来ることを待ち望んだか。愛犬と離れての生活がはじまり、季節は冬から春、さらに夏が過ぎていく。それでも不安に駆られる日々に耐えながら「必ず、また一緒に暮らす」と誓い、その願いがついに叶ったのだ。被災した珠洲で起きた、家族の別れと再会の物語――
浜松から珠洲へ
10月15日、ピースワンコ浜松譲渡センターのスタッフ、西は、『ケンシロウ』くんと『りん』ちゃんを車に乗せて、珠洲へ向かっていた。
「ようやく無事に、ふるさとへ送り届けることができる」
その安堵感でいっぱいだった。
ケンシロウくんとお父さんの9ヵ月
1月、ケンシロウくんとピースワンコが出会ったのは、避難所の玄関先だった。お父さんは、ほかの避難者に気を遣ってなかには入らず、避難所となっている学校の玄関に毛布を積み上げ、生活していた。
元々の住まいは、珠洲の海岸近く。『かくれんぼ』という自宅兼スナックを切り盛りしていた。その看板犬が、黒柴のケンシロウくんだ。
震災で津波が押し寄せ、自宅は半壊。病気の母親との避難所生活は厳しく、一旦、生活を再建するために珠洲市から100km離れた内灘町のみなし仮設に入居することにした。
しかし、母親の世話もしながら、珠洲市と内灘町を行き来して生活再建をしなければならない。その忙しい避難生活のなかで、ケンシロウくんの世話もちゃんとできるのか不安だった。生活が安定するまで一時的に預かってくれるというピースワンコの提案は、ひと筋の救いとなった。
「ケンシロウの幸せを思えば、預かってもらうのがいいかもしれない」
長く悩んだ末に、決めたという。
ケンシロウ、浜松にいく
ケンシロウくんは、浜松譲渡センターで生活をスタートさせたが、生来の人好き、人懐こい性格ということもあり、話し合った結果、ピースワンコのボランティアスタッフでもある北林さんのご自宅で暮らすことになった。
ケンシロウくんは、北林家に迎えられると、すぐに先住犬と家族とも仲良くなり、気がつけば長男はリビングに布団を敷いて、ケンシロウくんといつも一緒に寝ていたという。
「お父さんがケンシロウくんを大事にされていることは、お話ししてすぐ分かったので、覚悟が、必要でしたね(笑)。大切にしなければと」
お預かりした大切な命。北林さんは、ケンシロウくんを我が家に迎えた日から、飼育記録をつけ始めた。お散歩での様子、食欲は、どうだったか?うんちは?おしっこは?そしてほぼ毎日、LINEや電話でケンシロウくんの様子をお父さんに知らせていた。
生活を立て直すために、内灘町のみなし仮設住宅から珠洲市に通いながらさまざまな手続きを行い、家の再建もおこなう日々。気持ちが休まることはなかった。さらに春頃には一緒に暮らせることを思い描いていたが、避難生活は3ヵ月、4ヵ月と続き、不安ばかりが膨らんでいった。
ある日、北林さんから「ケンシロウくんは、濡れることをとても怖がる」と知らされたとき、「津波でずぶ濡れになった恐怖が、ケンシロウをそうさせてしまったのではないか。かわいそうなことをした」という思いに、とらわれることもあったという。
りんちゃんと家族の9ヵ月
りんちゃんは、14歳のダックス。
りんちゃんのご家族も、避難所の人たちに遠慮をして、お父さんとりんちゃんは車中泊、お母さんは高齢の母親と避難所に泊まっていた。気管支炎と脂肪腫の持病があるりんちゃんにとって厳しい環境で、発災から1週間、2週間が過ぎ、「このままではかわいそう、なんとかしてあげたい」と思い始めたときに、ピースワンコと出会った。
お父さんは「絶対離れたくない。このまま会えなくなるかもしれない」と、当初は反対したという。それでもりんちゃんにとっての幸せを考え、悩み続けた末に、ピースワンコに託すことを決めた。珠洲での別れには、1時間以上、名残を惜しんだ。
りんちゃんが入院する緊急事態に……
その後、りんちゃんはスタッフがいつも見守れるようにと、浜松譲渡センターでお世話をすることになった。人懐っこく、一生懸命走る姿は愛らしく、スタッフのアイドル的存在となった。
スタッフの西は、りんちゃんのご家族が心配しないように、写真や動画を送り、元気な姿を報告していた。
「西さんと出会って、本当に良かった。そのおかげで、りんは安心して幸せに暮らせている」。ほっとする一方で、現実では避難所生活が思っていた以上に長引き、先行きが見えない日々が続いた。「このまま珠洲には帰って来ないほうが、りんにとって幸せなのでは……」と思ってしまい、涙を流すこともあった。
「仮設住宅も遅れて、どうなるかが分からなくて、もうどうしたらいいか……という気持ちだった。ほかの人は、どんどん避難所から出ていって、残ったのは、私たち家族を含む、2、3組。本当に辛かったです」
さらに苦難が襲う。9月になり、仮設住宅への入居が決まり、ようやくりんちゃんを迎えに行ける目途が立ったとき、りんちゃんは体調を崩し、高齢ということもあり急遽病院に入院することになったのだ。
「もう一緒に暮らすことは、できないのではないか……」
最初の心配が現実になるかもしれないと、不安で押しつぶされそうになったという。
そして、再会の日
発災から9ヵ月が経った10月。ケンシロウくんのお父さんも、りんちゃんのご家族も、ようやく仮設住宅に移れることになった。りんちゃんは、抗生剤と点滴による治療が行われ、10日ほど入院したが体調も回復。以前のように元気に走り回れるようになっていた。
珠洲への出発を前に、浜松でケンシロウくんと半年以上、暮らした北林さんは、寂しさをのぞかせながら、こんな話しをしてくれた。
「ケンシロウくんを預かったことは、息子にとっても本当に良い経験になりました。ボランティアをすること、大切な命を預からせていただいたことは、私たち家族の大切な財産になると思っています」
再会する当日、ケンシロウくんのお父さんは、自分の顔を忘れてしまったのではないかと、不安を口にしていたが……そんな心配は無用とばかり、ケンシロウくんは大好きなお父さんを見つけると、嬉しそうに駆け寄っていった。
北林さんから預かっている間に撮影されたケンシロウのアルバムがプレゼントされるサプライズも。
「本当にありがたい気持ちでいっぱいです。北林さんには、頭が上がらない。足向けて寝られない。笑」
そして、りんちゃんも。お母さんは、「ありがとうございます」という言葉を繰り返しながら、りんちゃんを抱きしめた。
【後記】
苦渋の決断をし、私たちにワンコを託してくださった2組のご家族。無事にふるさとへお戻しできたことを、心から嬉しく思います。ワンコの存在が、皆さんのお力になることを願ってやみません。ありがとうございました。
ピースワンコ・スタッフ一同