殺処分ゼロの哲学

ドリームボックス

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「1日に約7頭、年間2400頭以上の罪のない犬が処分されています」(2022年度/環境省)
この日本では、いまだに驚くべき数の犬たちが殺処分されている。
ぼくは愛護センターの端にある、「ドリームボックス」と呼ばれる殺処分機をのぞく。 もちろん中に犬はいない。
現在は稼動していない、という安心感を持って、奥をのぞき込む。
スイッチや計器類もしんとして、ただ佇んでいる。
いまは動かない、殺風景な箱。

いまは、と言った以上、以前は、という言葉も持ち出さなければならない。
そう、あたりまえだが、以前は動いていたのだ。
このボタンを押せば、冷たい金属製の壁が犬たちを件の箱へと追いやる。
逃げ場のない狭い通路を、犬たちはしかたなく後ずさりすることだろう。
その後なにが起きるのか、もはや説明不要だとも思うが、これが最後という気分で書き記しておこう。

「ドリームボックス」に入れられた犬たちは、炭酸ガスを注入され窒息死する。
それはとても安楽死と呼べるようなものではなく、壁には苦しみもがく動物たちの引っ掻き傷が生々しく残る。
誰もが見たくもないし、想像したくもない死の風景。
これを実行しなければならない愛護センターの職員さんの気持ちを考えると、さらにやるせない。

どうだ、悲惨だろう、と事実を見せつける態度が不遜になることを、ぼくは知っている。
お前らのせいだぞ、という言葉が、どこにも届かないこともわかっている。
だいたい、その怒りはどこに向かって、どんなふうに消えるのか、まったく想像がつかないでいるのだ。
「犬を殺していたのは、100年も前のことさ」
そう言える未来は、やってくるのだろうか。

命の選別をしない

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ピースワンコ・ジャパンの本拠地、広島県の殺処分機は2016年からこの7年間、一度も動いていない。

彼らはほんとうに、よくがんばったのだ。
愛護センターで引き取り手がなく、そのままでは殺処分になってしまう犬たちを保護して、新しい里親を探す。
どうしたら犬たちが救われるのか、真剣に考え、悩み、粘り強く行動した。
わたしたちは「命の選別」をしません、とピースワンコ・ジャパンは言う。
彼らはどんな命も決して見捨てない、と高らかに宣言している。
ただの感情だけの言葉なら、こんなに響くこともないだろう。
そんなこといったって、具体的にどうするつもりなのよ、と返すだけだ。

方法を考え、現実に則したプランを立て、それを実行する力をつけること。
ここに「殺処分ゼロ」を実現するヒントがあるのではないか。

ぼくはドリームボックスの冷たい金属製のドアを眺めながら、さらに考えようとした。
ここは陽が当たらない。
視線を遠くへやると、日なたはその先に確かにあって、ぼくはそこからやってきたのだった。
この場に似つかわしくないと一瞬思ったが、頭の中に流れてきた音楽は「明るい表通りで」だった。
ルイ・アームストロングの軽快なトランペットと独特な歌唱が、からだの中を駆けめぐる。
憂鬱さを引き連れて日陰をさまよっていたが、明るい表通りを目指して歩く。
足もとの砂ぼこりは太陽の光で金色に輝き、人生は変わる。

考えろ、そして乗りこなせ

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「殺処分ゼロ」はただのスローガンではない。
それは具体的な目標として、そこにある。
たくさんの人たちが「ゼロ」をこねくりまわしていたこともあった。
ぜんぶ救うなんて、できやしないと。
誇大的であり妄想に近い、と、のたまった人をぼくは知っている。

そもそも命には、等しく価値があるはずだ。
けれどもその価値は、社会的にまったく同じではない。
それは人間もそう、あらゆる動物たちがそうなのだ。
ここをまず認め、考えていかないことには先に進めない、とぼくは思う。
そして、誰もが経済と無縁ではいられないこの現代社会で、犬たちを救うのは、
ぼくらの「切実な思い」によって動く右手が触った、ポケットの中の財布なのだ。
それを否定はできない。

ならば、むしろそこにコミットして、乗りこなすこと。
レジェンドサーファーのような面持ちで、犬たちを救う。
「命の選別」をしないためには、なにが必要なのか。
考えろ、そして乗りこなせ。

頼もしい現実

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「定期的なワクチン接種や健康診断、避妊去勢手術費用、
月齢や体調に合わせたフードの費用、そして日々の居住空間の環境維持には、膨大な費用がかかります。
その運営費は年間10億円以上、助成金などはなく運営費のすべては、
皆さまからの会費とふるさと納税など、 様々なご寄付でまかなわれています」

これは、ピースワンコ・ジャパンの驚くべき運営実態である。
助成金もないのに年間10億円もの金額をまかなうのは、とても大変なことだ。
しかしそれ以上に、それだけの協力者がいるというのは、なんと頼もしい現実だろうかと思う。

この状況に、心を痛めている人たちがいる限り、世の中もそう捨てたものではない。
エコノミック、上等ではないか。
みんなが思い立ち、寄付をすれば、さらに救える子が増える。
とてもシンプルだし、しかもふるさと納税という新しい試みもある。

殺処分ゼロの哲学を持つ

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「2011年、広島は殺処分数が全国ワースト1位でした。
わたしたちは殺処分の運命をたどる犬たちを見過ごすことができず、譲渡が難しい犬たちを引き出し、
新しい里親さんを探す活動を始めました。
広島県の殺処分機は7年前から一度も稼働していません。
日本では前例のない取り組みとなっています。
毎月、殺処分対象となった犬を引き取り、人に馴れるためのトレーニングを行って、
共に生きてくださる里親さまを探し、送り出しています。
全国8ヶ所に設置している譲渡センターでは、保護犬の多くが、現在も里親さまとの出会いを待っています」

「殺処分ゼロ」が意味すること。
ぼくらはそれについての哲学を持たなければならない。
ゼロはゼロであって、ほとんど議論の余地などないのだ。
救うべき命があり、殺処分を完全になくしたい思いと、冴えたやり方を模索する頭脳もある。

ならばはっきり言おう。
ぜんぜん照れることなんてない。
「殺処分ゼロ」を実現してみせる、と。

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文と写真:秋月信彦
某ペット雑誌の編集長。犬たちのことを考えれば考えるほど、わりと正しく生きられそう…なんて思う、
ペットメディアにかかわってだいぶ経つ犬メロおじさんです。 ようするに犬にメロメロで、
どんな子もかわいいよねーという話をたくさんしたいだけなのかもしれない。

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