2023年7月31日

保護犬の未来を描く

ムーンショット

ロケットを打ち上げ、月に到達させること。
あるいは、そのように非常に困難だが、実現すればインパクトを生み、
多大な効果を期待できる計画や研究を「ムーンショット」と呼ぶことがある。
いわば、人類を未来に押し上げるための目標、というものだ。

ピースワンコ・ジャパンが実現した「広島県内での殺処分ゼロ」、
そして、目標に掲げる「日本全国での殺処分ゼロ」について耳にしたとき、
浮かんだのはこの言葉だった。
これは、犬たち、動物たち、そして人間にとってのムーンショットなんじゃないだろうか。

 

実現した驚くべき変化

「次の10年で達成できるかは分かりませんが、
全国で犬の殺処分をゼロにすることは、十分に実現可能だと思っています」

そう話してくれたのは、ピースウィンズ・ジャパン国内事業部長の國田さん。
1994年に46万9千頭にも及んだ全国での犬の殺処分数は、
現在およそ2700頭にまで減少した。
思わず耳を疑うほどの件数の変化だ。
これからの10年、20年、30年で、保護犬の未来はどう変わっていくのか。
國田さんに展望をうかがう前に、ピースワンコ・ジャパンのこれまでの歩みを少し振り返ってみよう。

 

ここまでの道のり

「ピースワンコ・ジャパンの立ち上げは10年と少し前、
そもそもは、神石高原町という過疎化した小さな町の中で、殺処分をなくそうとしたのが始まりです。
その中での第一期と言えるのが、2015年から2016年の初め頃まででした。」

この頃に引き取っていた犬は、あわせて約200頭で、スタッフも10人ほど。
まだ牧歌的な時期でしたと、國田さんは振り返る。
転機をもたらしたのは、環境省発表による2011年度の殺処分数。
広島県は犬猫あわせて8340頭、全国ワーストの頭数だった。

「災害救助犬の育成を行い、犬に助けてもらおうとしているときに、
自分たちが活動している県でそういった不名誉な記録が出たんです。
なんとかしなくてはと火がついて、1000日以内に広島県の殺処分を、
少なくとも犬に関しては止めると目標を打ち出し、資金を集め、犬舎を建て、
2016年4月から全頭引き取りを開始しました。
そこからの3年ほどが第二期。予想をはるかに超える収容数になり、非常に苦労した時期ですね。
月に220頭を引き受けることもあり、現場は本当に大変でした。
人も増やしましたが、組織としては未熟で、対応が後手に回る部分もありました。
それでも命の選別はできないという想いで、体制を整えながら全頭引き取りを続け、今に至っています。
最近は年間で5〜600頭というレベルまで、引き取り数は落ち着いてきました」

2016年からの数年間で集中的に野犬の捕獲と保護が進み、
野山で繁殖する犬が減ったのが一因ではないかと、國田さんは分析する。

「ただ、人に捕まりにくい野犬は一定数いると思います。見つかる場所に出てこない犬ですね。
ですので、このペースで最後まで減るとは、あまり思っていないんですよ。
最後の何頭かがどうしても減らないといった状況は、将来的にあると予測しています」

 

現地から見える課題

神石高原のシェルターに保護されている犬たちは、現在2500頭あまり。
彼らはここで人や他の犬と暮らすためのトレーニングを受け、
このシェルターと全国7ヶ所にある譲渡センターを通じ、新しい家族の元へ迎えられていく。
これまでに新たな家族を見つけられた犬は、およそ3700頭にのぼる。
保護されなければ失われていたであろう数千頭の犬たちが、
愛されながら生をまっとうできる居場所を得られたのだ。
一方で、未来への課題も見えてきたと、國田さんは続ける。

「全頭受け入れを開始した頃は、子犬も多かったんです。
子犬は人馴れもしやすく、やはり愛らしいですから、譲渡も決まりやすいんですね。
現在は受け入れ数が減った代わりに、大半が野犬の成犬になりました。
そうすると、トレーニングに時間や手間もかかりますし、譲渡先を見つけるハードルも上がります。
それで、今は譲渡数がやや頭打ちの状態になりつつあるんですね。
これをどう右肩上がりにしていくかが、重要な課題です」

 

未来に続く、譲渡の道

その解決に向け、すでに國田さんたちは動き出している。

「一つ目には、譲渡の拠点を増やすため、浜松に8ヶ所目の譲渡センターを準備しています。
接点を増やすことも打開策の一つとして大事ですので、今後も何ヶ所か設けていきたいですね。
二つ目の対策としては、犬を迎える飼い主さん向けの相談窓口や講習会。
やはり元野犬を飼うのは、里親さんにとって精神的な負担や不安がある場合も少なくないですよね。
そこで、犬の扱いなどに関するアフターフォローの仕組みを作っていきたいと思っています。
三つ目は、各譲渡センターやシェルター間の連携と情報共有ですね。
小さめの譲渡センターですと、そこにいる頭数が限られてしまうので、希望の方がバッティングしてしまい、
片方の里親候補さんは譲渡に繋がらなかったというケースもあるんです。
単純に好みの子がいなくて、というケースもありますね。
それでも、広島のシェルターには2500頭以上いるわけですから、
その中に気に入る子がいる可能性もあったわけです。
そういったマッチングの漏れをなくしてご縁を繋げられるよう、
各譲渡センターとシェルターの情報共有を密にしていくことも、進めています」

 

連帯し、同じ山を登る

では県外へは、どのように活動を広げていこうとしているのだろう。

「日本には全国各地で保護活動をされている団体さんや個人の方が、たくさんいらっしゃいます。
そういった同じ志を持つ方と支え合えるパートナーシップを組んで、活動を広げていきたいと考えているんです。
我々が積み重ねてきたノウハウなども共有して、連帯していけたらいいですよね。
今後は動物保護の業界にも、課題解決のためのプラットフォームが必要ではないかと思うんです。
人材や資金、情報をプラットフォームを介して共有することで、
全体の活動が底上げできるような仕組みを作れたらいいですね」

 

意識が変われれば、社会も変わる

ピースワンコの立ち上げ当初から、団体の活動やプロジェクト運営のための仕組み作りを担当し、
そこで多くのスタッフを見てきた國田さん。 彼らを通し、保護犬に対する社会の意識変化を強く感じているそうだ。

「面接などで新卒の世代、20〜22歳くらいの方たちと話して感じるのは、
彼らにとって、保護犬を迎えるという選択肢が、すでに当たり前のものになっているということです。
動物の保護活動を紹介するテレビ番組などを通して、社会における保護犬に対する感性や受け止め方も、かなり変わってきているんですね。
これからの時代は、我々のような団体もメディア機能を持ち、積極的に情報発信していくことで、
動物保護への社会の理解を高めてくような貢献ができるのではないでしょうか」

 

続けていくこと、次なるチャレンジ

「扱うのが困難だと見放されてきた野犬も、時間をかけ、
手間と愛情をかけていけば、譲渡の道が開ける可能性が十分にある。
それを実証してきたのが、ピースワンコの特徴かもしれませんね。
そして、そのノウハウは、殺処分ゼロを目指すため、惜しみなく共有できるものなんです」

野犬の保護は殺処分ゼロを達成するために避けて通れませんから、
引き続き力を入れていきます、と國田さん。
今後は犬だけだなく、支援者からの期待が大きい猫の保護活動にも貢献できるよう検討を進めているそうだ。

保護し、共生の方法を教え、家族とのご縁を繋ぐ。
連携し、助け合い、社会の意識を変えていく。
それらを積み重ねた未来では、殺処分ゼロという目標に、きっと手が届いているはずだ。

取材・執筆:林りん
ライター、編集者、イラストレーター。シニアの愛犬が相棒。
インバウンド向け情報メディアの編集部に勤務後、フリーに。
雑誌やライフスタイル系WEBマガジンでの編集・執筆、企業オウンドメディアのデレクション、コピーライティング等を行う。
近年はイラストレーターとして、出版物の挿絵やノベルティグッズのイラスト等も手がける。

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