同じ志のもとに
「保護犬」とは、別の角度から捉えるなら、「見放された経験を持つ犬」と言えるのかもしれない。
社会によって、人の手によって、放り出されてしまった犬たち。
彼らの命を繋ぎ、幸福になれる新たな居場所へ送り出していくことで、失われる命を0に近づけていく。
その活動と志はもちろん、ピースワンコだけのものではない。
犬たちの幸福のため、同じ志をもって、全国で活動を行う多くの人々がいる。
その一人が、ボランティア団体「GOGO groomers(ゴーゴーグルーマーズ)」を立ち上げ、保護活動を続けてきた、トリマーの猪野わかなさんだ。
GOGO groomersとピースワンコ
GOGO groomersはその名の通り、トリマー有志による団体。
東京をはじめとする各地のトリマーが所属し、犬猫の殺処分0を目指して、動物愛護センターでのトリミングボランティアや、保護・譲渡活動を行っている。
GOGO groomersとピースワンコが初めて共同で活動にあたったのは、令和6年能登半島地震の被災地支援。
2月下旬、ピースワンコが開設した一時預かり施設「わんにゃんデイケアハウス」に颯爽と駆けつけ、トリミングや無水シャンプーのボランティアサービスを実施してくれたのが、猪野さんとGOGO groomersの仲間たちだった。
「GOGO groomers立ち上げのきっかけは、2011年の東日本大震災での被災地支援でした。当時を振り返り、能登で今まさにトリミングを必要としているワンちゃんと飼い主さんが、きっといらっしゃるのではと思ったんです。石川県であれば自力で行けると判断し、仲間たちに声をかけました」
よく通る声で、猪野さんは朗らかにそう話す。
サロン運営とボランティア活動
2008年、東京都荒川区にトリミングサロン「WANBO西日暮里店」をオープンし、現在も6名のスタッフと共に、オーナー兼トリマーとしてお店に立つ猪野さん。
サロン業務と並行し、犬猫の保護・譲渡活動、GOGO groomersとしての愛護センターでのボランティア、トリミングサロンと異業種の有志から成る動物保護のための協会「Foster Salon. Japan(フォスターサロン・ジャパン)」の運営も行うという、八面六臂の働きを続けている。
そのエネルギーの源について尋ねると、
「純粋に犬や猫が好きで、好きなもの、好きな人には幸せでいてほしい。本当に、ただその思いだけなんです」
と、笑って答えてくれた。
獣医師のおじ、馬術師のいとこの姿を見つめて
まっすぐに動物を愛し、命と向き合う。
猪野さんの生き方の原点は、幼少期に遡る。
「おじが獣医師、いとこが馬術師をしていたんです。幼い頃から、その動物病院や馬術クラブに行かせてもらうのがすごく楽しくて。将来は動物に関わる仕事をしたいと思うようになりました。はじめの夢は獣医師。目指す難しさもあって、動物関連の専門学校への進学を選び、必修科目として出会ったのがトリミングだったんです。もう夢中になりましたね」
トリミング技術を習得し、卒業後の4年間は母校に講師として勤務。
その後、トリマー兼販売員として、猪野さんは都内のペットショップに就職する。
生体販売の現場で芽生えた決意
初めて経験する生体販売の現場。
その実情は、動物が好きでペット業界を志した猪野さんにとって、受け入れ難いものだった。
「販売が決まらずお店に残された子、衝動買いされてすぐ捨てられてしまった子、ペットホテルに預けたまま引き取りに来てもらえない子。そういった子たちを目の当たりにしました。里親探しを上司に提案したこともありましたが、到底受け入れてもらえる環境ではなくて。それならば自分が独立し、新しく飼い主さんを見つけてあげられる場所を作ろうと、独立を決めたんです」
独立とボランティア団体の立ち上げ
こうして2008年、猪野さんはWANBO西日暮里店をオープン。
サロン開業と同時に、犬猫の保護・里親探しの活動も開始した。
飼い主さんからの直接の相談も徐々に増え、対応を求められる場面が増えてきた頃、東日本大震災が発生。
猪野さんの活動は転機を迎える。
「トリマーとして何かできることはないかと模索し、神奈川県の仮設シェルターに一人で伺ってみたんです。でも、自分だけの力でできることは全然なくて……。そこで10人ほどのトリマー仲間に声をかけ、道具を持ち寄り、あらためてトリミングボランティアに伺いました。それからシェルターがなくなるまでの約3年間、ボランティアに通わせてもらったんです」
シェルターのなくなった後も、ボランティアを続けよう。
猪野さんたちは話し合い、動物愛護センターにトリミングボランティアとして通うことを決める。
「動物愛護センターにボランティアとして関わるためには、センターへの登録が必要で。2014年、その申請のためにつけた名前が『GOGO groomers』でした」
GOGO groomersとしての活動を続けていくにつれて、協力を申し出る声も増えてきた。
「獣医師や写真家、料理研究家など、異業種の方々もたくさん声をかけてくださって。チャリティーイベントなどを通じて、ご支援をボランティア活動や保護・譲渡活動の運営に繋げていけるようにと、2016年には、Foster Salon. Japan という協会を立ち上げました」
終わりのない活動
個人として、団体として、保護活動を続ける猪野さん。
持ち込まれる相談件数が年々増加している現状には、強い問題意識を抱いている。
「果てしなさを感じますね。ボランティアが引き取ることで、表面上、愛護センターの収容頭数は減っているように見えますが、根本的な問題は解決していません。センターや自治体、国としての協力や連携があれば、さらに大きな良い変化が生まれるはず。実際、地方の愛護センターには『生かすための施設』へと変わり始めているところもあるんです」
さらに、飼い主側の意識を変えていくことも重要と、猪野さんは考えている。
「引き取り依頼にいらした飼い主さんから詳しく事情を聞いてみると、問題行動の原因を人間が作っている場合も多いです。生活スタイルの変更を提案し、実行してもらっただけで、簡単に問題が解決することも珍しくありません。手放すという極端な選択をする前に、飼い主さんが相談できる場が増えるといいですよね。自分もそんな存在になっていきたいです」
嬉しい瞬間
最初に抱いた夢は、獣医師になって動物を救うこと。
心の片隅に残っていた、命を救う仕事への憧れ。
それを解かしてくれたのは、獣医師のおじの言葉だったと、猪野さんは教えてくれた。
「『私はおじさんみたいに命を救うことはできないから』と話したら、『命を救っているでしょ。自分よりあなたの方がたくさん救ってるよ』と言ってくれて。保護活動は、医療行為とは別の方法で命を救うことなんだと、あらためて気付けたんです」
猪野さんにとって、最上の喜び。
それは、送り出した子たちが新しい家族のもとで、生をまっとうできること。
「電話で、家族に迎えた子が天寿をまっとうしたと報告をいただくことも多いんです。亡くなるのは寂しいことですが、家族に愛されて幸せに生ききれたんだと思うと、嬉しくて。お店の営業中でも、お話をうかがいながら号泣してしまうんですよね」
トリマーとして、誇りを持って
トリマーは、自分にとって最高の仕事。
猪野さんは迷いなく、そう言いきる。
「ワンコは体が整って、飼い主さんも笑顔になってくれて、私は大好きな動物と触れ合える。こんなにいい仕事はないって思うくらい、自分の仕事が大好きです」
動物の命を救うこと。
動物と飼い主さんを笑顔にすること。
夢は形を変え、今もずっと、猪野さんの背中を押している。
ライター、編集者、イラストレーター。シニアの愛犬が相棒。
インバウンド向け情報メディアの編集部に勤務後、フリーに。
雑誌やライフスタイル系WEBマガジンでの編集・執筆、企業オウンドメディアのデレクション、コピーライティング等を行う。
近年はイラストレーターとして、出版物の挿絵やノベルティグッズのイラスト等も手がける。