人と同じように、犬も歳をとってくると「認知症」の症状が表われることがあります。老齢による症状のため、仕方のないことではありますが、環境改善やお薬で症状が緩和することもあります。そもそも認知症は、なぜ発症するのか、また予防できるものなのか。「老犬介護」のなかでも多くの飼い主が悩む「犬の認知症」について、症状、予防、対策などを解説します。
認知症とは
犬の認知症は、特に高齢犬に見られる病気です。この病気は人間と同様に記憶力や学習能力、行動に影響を及ぼし、進行すると徐々に日常生活に支障が出てきます。進行性の病気のため、初期の段階で気づき対応することが重要です。
認知症の原因
犬の認知症は、主に加齢に伴う脳の変化が原因で発症します。加齢や生活のなかで発生する酸化ストレスによって脳がダメージを受け、正常な神経細胞が減少した結果、認知機能が低下します。また、甲状腺ホルモンや性ホルモンなど体内のホルモンバランスの乱れも、脳の機能に影響を与えるとされています。
認知症の症状(チェック方法)
認知症を発症すると、生活のなかでさまざまな変化が出てきます。以下のような症状が見られる場合は、一度動物病院へ相談してみてください。
●記憶の喪失
家族や親しい人物を認識できない。散歩道や自分の家が分からない。
●行動の変化
不安や興奮が増したり、逆に周りへの反応が鈍く無関心になる。普段の行動や飼い主への態度が変わる。
●過剰な食欲
ご飯を食べた後にも関わらず、必要以上に要求する。
●夜泣きや徘徊
夜間に同じ場所を歩き回ったり、長時間吠える。
●排泄の失敗
トイレの場所を間違え、失敗が増える。
認知症の発症時期と余命
認知症は一般的に、7歳以上のシニア犬が発症しやすいとされています。また小型犬よりも大型犬は認知症のリスクが高く、柴犬などの日本の純血種はほかの犬種に比べて発症しやすい傾向があります。
発症後の余命は個体差がありますが、早めに認知症を発見して適切な治療を行うことで、進行を遅らせて健康寿命を伸ばすことができます。
認知症の診断と治療法
認知症を疑う症状が見られた場合は、まずはかかりつけの動物病院を受診しましょう。地域によっては、神経科に精通した専門病院もあります。紹介状が必要な場合もあるため、事前に問い合わせてみてください。
動物病院での診断方法
基本的には問診や行動の観察から行い、レントゲン検査・血液検査・エコー検査などで認知症以外の病気を除外していきます。必要に応じて神経学的検査や、専門機関でのCTやMRI検査を行い、確定診断まで進めることもあります。しかし、精密検査は全身麻酔が必要になることもあるため、愛犬の状態をみながら獣医師と相談して検査を進める必要があります。
認知症の治療方法
薬物療法
軽度であれば経過観察を行うこともありますが、生活に支障が出る場合は薬物療法を行います。抗不安薬や睡眠薬を処方したり、抗酸化物質や血流を改善する薬を使うことで症状を緩和させます。
補助療法
薬物治療に加えて、認知症の進行を抑えるサプリメントや認知症に配慮したフードを与えるなど補助的なケアを行うのもひとつの方法です。
生活改善
自宅での生活環境の見直しもまた、症状の改善に有効です。栄養満点のご飯を与える、規則正しい生活をおくることで、昼夜逆転や夜泣きが改善することもあります。
また足腰に負担のない寝床を用意したり、ペットケージで安全な場所を確保したりするなど、部屋づくりの工夫も体の負担を減らし、症状の進行を抑える手助けとなります。
認知症を発症したら?飼い主が気をつけるポイント
愛犬が認知症を発症したら、さまざまな課題が出てきます。要点を押さえて正しくケアすることで、愛犬も家族もより過ごしやすくなります。
毎日の適切な食事
愛犬の食事は、認知機能に大きな影響を与えます。持病を持つ子は病気に配慮したご飯を選ぶのはもちろん、バランスの良い総合栄養食を与えてください。
例えば、シニア犬用のフードには一般的にビタミンやオメガ3脂肪酸(EPAやDHA)などの必須脂肪酸製剤、抗酸化物質を含む食材(タウリンやポリフェノールなど)が多く含まれています。こうした脳の機能改善効果のある成分が含まれているご飯を積極的に選び、必要に応じてサプリメントなどの補助食品も一緒に与えてあげるのがおすすめです。
ケガをしにくい部屋づくり
認知症になると、徘徊時に物にぶつかりケガをしやすくなります。愛犬が過ごす部屋は滑りにくいペット用床材を選ぶほか、障害物を片づける、ぶつからないよう角を保護するなど、配慮してあげましょう。
排泄のサポート
認知症になるとトイレの場所が分からなくなったり、排泄タイミングを意識できず粗相をしたりしてしまいます。失敗したときは、叱らずに受け入れてあげることが大切です。小まめにトイレに連れて行き排泄を促して、できたら褒めてあげましょう。
トイレの近くにベットを配置するのもおすすめです。排泄回数が多い場合は、オムツを着用するのもひとつの方法です。今のうちにオムツに慣れる練習をすると、いざ使用する際にストレスがかかりにくくなります。
適度な運動を促す
運動は血流の改善やストレス緩和、抗炎症作用など多くのメリットがあるので、ぜひ習慣化するのがおすすめです。道を認識したり、他人やほかの犬と交流したりすることで脳への適度なトレーニングにもなります。
お散歩に行くときは、天候に注意しながら愛犬の体格・状態に合わせてペース配分してあげましょう。自力で歩けない場合は、ペットカートや抱っこでお散歩するのも効果的です。
また、湯たんぽで脇や内股を温めたり、足の先をマッサージしたりすることも血流を改善して足腰への負担を軽減できます。ぜひ試してみてください。
夜泣きや徘徊への対策
夜泣きや徘徊は痴呆のみではなく、体調の悪化や何らかの要求吠えが原因の場合もあるため注意が必要です。食欲や体重が落ちていないか、痛がる様子がないか注意深くチェックしましょう。
寝床は暖かく、少し明るくすることで不安が軽減する子もいます。なるべく日中に活動させて夜に寝る習慣をつけるため、昼に散歩や遊びを取り入れるとよいでしょう。
認知症の場合は、不安を軽減する薬や睡眠薬を飲んで症状が改善する場合もあります。症状がひどい場合は家族だけで抱え込まず、外部に相談してみてください。
認知症の予防と対策方法
愛犬がシニアになったら、生活習慣を見直してみましょう。日頃から認知症の予防を心がけていくことが大切です。
適切なデンタルケアを行う
日々の食事管理や運動はできていても、忘れがちなのがデンタルケアです。犬の口腔衛生は、認知症を含め全身の健康に影響を与えます。特に歯磨きが嫌いな子は、気がつけば重度の歯周病になっていることも少なくありません。3日に1回は歯磨きを行い、治療が必要であれば早めに対処しましょう。健康的な歯は、認知症予防にもつながります。
年に1度はわんにゃんドッグへ
7歳を過ぎたら、年に1度は健康診断を受けるのがおすすめです。人間と同様、動物も健康診断を行うことで病気を早期発見し、すぐに治療ができます。特に認知症のような神経に関連する病気は症状が分かりにくく、飼い主だけでは判断できないこともあるので、細かな相談が重要です。ぜひ近くの動物病院をチェックしてみてください。
気になる症状は早めの治療を
愛犬に異常が見られた際は、放置せずすぐに獣医師に相談しましょう。早期の治療が認知症の進行を防ぐ鍵となります。特に行動の変化や食欲不振、いつもと違う症状が見られたときは、すぐに受診することが大切です。
今日から自宅でできる認知症予防法
今日からすぐに始められる認知症の予防法はたくさんあります。ぜひ家族全員で楽しみながら試してみてください。
運動や遊びで刺激を与える
運動や遊びを通じて適度に刺激を与えることが、認知機能を維持するために重要です。毎日の散歩はもちろん、介助が必要な場合は1日数分でもよいのでタオルや補助グッズを利用して優しく立たせてあげてください。シニア犬は、1日の大半を寝て過ごすことが多くなるため、家族のほうから歩み寄り、積極的に声をかけて遊びに誘ってあげましょう。
いろいろなものに触れ合う
訪問客にも、愛犬に声をかけオヤツを与えて触れ合ってもらいましょう。外でほかの犬と交流することも良い刺激になります。ドッグランや公園に連れて行き、ほかの犬とどんどん交流してみてください。同時に運動もできるため一石二鳥です。
知らない場所に行ってみる
いつもの散歩ルートを毎日変えてみることもおすすめです。坂道や芝生、流水に触れるなど、毎日違う経験をさせてみてください。愛犬にとって刺激的な経験となり、認知機能の維持に役立ちます。
生活に脳トレを取り入れる
知育玩具の活用
現在は認知症予防にもつながる知育玩具が多く販売されています。匂いや音の出るおもちゃを利用すれば、嗅覚や聴覚を適度に刺激でき、愛犬も楽しみながら認知症予防に取り組めます。
生活のなかでコマンドを使う
日常生活のなかで「お手」「お座り」などコマンド(指示・合図)を使うことも、愛犬の脳を活性化させる良い方法です。新しいコマンドを時間をかけて覚えさせるのも効果的です。集中力や学習能力の維持につながるため、年齢に関係なくぜひ試してみてください。
認知症を受け入れて愛犬との絆を深めよう
認知症の愛犬と向き合うことは簡単ではないため、時に心を痛めることもあるかもしれません。しかしその過程は、愛犬との絆が一層深まる機会でもあります。朝の散歩やおやつの時間、一緒に過ごす穏やかなひとときなど、些細な日常を大切にすることで、愛犬との時間がもっと特別なものになるはずです。ぜひこれからも愛犬との毎日を楽しんでくださいね。
ピースワンコの老犬介護の取り組み
ピースワンコでは、「殺処分ゼロ」をミッションに掲げ、保健所や愛護センターから殺処分対象の犬を引き出し、検疫施設で獣医師による診療を行い健康状態を確認。その後、ゆっくり時間をかけて人になれるトレーニングを行い、ある程度譲渡が可能だと判断された保護犬は里親を捜し、新しい家族へとつないでいきます。
現在、ピースワンコが保護しているワンコは約2,400頭(2024年9月現在)。そのなかには、譲渡が難しい老犬や病気、障がいを抱えている子もいます。たとえ家族が見つからなくても、こうした保護犬も最後まで幸せに生きられるようにピースワンコではできる限りの治療と介護をしながらお世話をしています。
また、譲渡が難しい保護犬を遠方から家族として支えていただく「ワンだふるファミリー」制度や、譲渡ではなくボランティアの方に預けお世話してもらう「終生預かりボランティア制度」なども設け、支援者の方々とともに老犬を見守ってきました。
ピースワンコの保護犬事業は、皆さまからのご寄付だけで活動しています。一頭一頭に寄り添ったお世話ができるのも、皆さまのご支援のお陰です。ワンコの命を守る活動を続けていくために、ご支援をよろしくお願いいたします。
【執筆・監修】
原田 瑠菜
獣医師、ライター。大学卒業後、畜産系組合に入職し乳牛の診療に携わる。その後は動物病院で犬や猫を中心とした診療業務に従事。現在は動物病院で働く傍ら、ライターとしてペット系記事を中心に執筆や監修を行っている。