保護犬を迎えて 2 俳優・西尾まりさんと緤(せつ)

見えない糸をたぐり寄せて

運命的な出会い。
それは日常のふとした瞬間に、何気ない顔をしてやってくる。
感じた何かに反応して咄嗟にたぐり寄せ、後に振り返り、
あらためてご縁の不思議に想いを馳せるような、静かで劇的な巡り合わせ。
俳優の西尾まりさんと、「せっちゃん」こと愛犬の緤(せつ)との出会いも、
そんなふうにして、突然に訪れた。

 

始まりの一歩

西尾さんが初めて世田谷譲渡センターに足を運んだのは、2020年春頃のこと。
「当時はまだ、犬を家族に迎えようと考えてはいなかったんです」と、
西尾さんは快活に、清々しい声で話し始める。

「譲渡センターが自宅から徒歩圏内にあって、
犬がいるけどペットショップではないし、何だろうと、通りかかるたびに気になっていました。
後に譲渡センターと知って、息子との散歩中に『ちょっと覗いてみない?』と、立ち寄ってみたんです」

この訪問をきっかけに、西尾さんはインスタグラムで同センターのアカウントをフォローし、
新入りワンコたちの紹介を見るのが、ささやかな楽しみになった。お迎えしたい子を探す目的ではなく、
「ただ、こんな子が来たんだな、かわいいなという気持ちで見ていましたね」と振り返る。

 

一目惚れは突然に

転機を迎えたのは、その数ヶ月後。
ストーリーで流れてきた新入りワンコの姿に、一瞬にして惹きつけられた。
広島県で保護された、推定4歳の女の子。それが、「せっちゃん」だった。

「見た瞬間に、特別な何かを感じたんです。
まずは会ってみたいと、その場で譲渡センターに問い合わせの電話をかけていました。
そんな行動をするなんて、自分でも驚きましたね」

母と二人で譲渡センターに向かい、待望の対面を果たした西尾さん。
その際のせっちゃんの印象について、こう語る。

「もうね、全然こちらに興味がないんですよ(笑)
遠巻きにスンとした様子で見ていて、嬉しそうにもしないし、
近づくとちょっと嫌そうだけど、逃げたりもしない。
でも、それが私にとっては、たまらなく魅力的だったんです。
内に秘めたキリリとした強さ、たくましさを感じて、この子を家に迎えたいと思いました」

 

迎えるまでの数ヶ月

さっそく家族に写真を見せ、この子を迎えたいと相談したところ、好反応。
それからは譲渡センターに足繁く通い、
せっちゃんと過ごす時間を重ねていった。

「4、5ヶ月間は通いました。散歩をさせてもらったり、おやつをあげたりして、
コミュニケーションを重ねていったんです。学校帰りの息子と一緒に行くこともありました。
せっちゃんには、『この人、何だかよく会いにくるわね』くらいに思われていたかもしれないですが(笑)
トントン拍子で話が進んで、ご縁を感じましたね」

お迎え前の打ち合わせも行い、準備も整え、
2020年12月、晴れてせっちゃんは西尾家の一員となった。

 

家族を結ぶ名前

センターでは「文(ふみ)」と呼ばれていた、せっちゃん。
西尾家では新たに、「緤」という名前をもらった。
絆という意味を持つこの名をつけたのは、西尾さんの長男だ。

「知っている方と同じ名前で呼びにくいと言うので、
じゃあ、あなたが考えなさいと長男に任せたんです。
2人の息子どちらの名前にも糸偏の漢字があるので、糸偏の名前を考えてくれたんですね」

 

犬らしからぬ同居人

こうして家族として迎えられた、せっちゃん。
「今もそうなのですが、愛嬌をふりまいたり、鳴いて騒いだりといった、
いわゆる『犬らしさ』がないんですよ。犬を迎えたというより、
『別の文化圏で育った人見知りの人間』が同居し始めたみたいでした」
西尾さんはそう笑う。

一方で、せっちゃんは学習能力が高く、新しい環境に馴染むのも早かった。

「いたずらもしないですし、困ったことって特に思いあたらないんですよね。
引っ張り癖があるとスタッフさんから聞いていましたが、以前に飼っていたラブラドールレトリバーと比べたら、
それも問題ではなかったです。苦手な場所や物に遭遇すると低い姿勢で引っ張りますが、そのくらい。
不思議なのは、遠くにワンちゃんが見えるとクーンと甘えたような声を出すのに、いざその子が近くに来るとウーッと唸るんです。
そのパターンが分かっているので、『唸ってしまったらごめんなさい』と近づく前に相手の飼い主さんにお伝えしたり、最初から他のワンコに近づけないようにしたりして、先に手を講じるようにしていますね」

 

定位置はビーズクッション

家族になって約3年経ち、推定7歳になった今でも、
人に興味がないという基本的な性格は変わっていない。
それでも、一緒に暮らし始めて1年を過ぎた頃から、わがままを通したり、
甘えてみたりと、主張をしてくることも増えてきた。

「うちに来た頃は『誰も信じてませんから』といった雰囲気で、ケージから出てきませんでした。
今でも、日中は決まった場所からほぼ動かずに過ごしています。
来客があっても声を出さず動かないので、犬がいることに気が付かないまま帰る人もいるくらい」

特にお気に入りの居場所は、ビーズクッションの上。
家に来てからそう経たないうちに、いつの間にか座るようになっていた。

「ビーズクッションの気持ちよさを覚えてからは、基本的にそこにいますね。
息子たちが使っていても、『どいてくれる?』とばかりに周りをウロウロして、足をよけてくれたり、席を外そうものなら、すかさず陣取ります。
どうしても座りたい時なんて、長男の上に乗っかって、少しずつ陣地を広げて、
最終的に息子がどかされていますよ(笑)」

 

西尾家のお嬢様

「せっちゃんは分かっているんですよね、いろんなことが」
西尾さんはしみじみと、感心した様子で続ける。

「うちは息子が2人で娘はいないので、自分はこの家のお嬢様で、
大事にしてもらえる存在なんだと自覚があるみたい。私たち家族も自然と、せっちゃんに対して、
女の子を扱うような感覚になっているんですよね。家庭内の序列や役割分担も、明確に把握しています。
お散歩のお供にしたいのは、私、長男、次男の順。母がおやつ担当で、夜は私と眠ります」

ほとんど鳴かないせっちゃんが声をあげるのは、何かを主張する時だ。
散歩の担当が気に入らなければ「ワン!」と声を張り、おやつをねだる際は、「ウォウ、ウォウ」と唸る。

「何を求めているのか、吹き出しで読めそうなくらいに、はっきりと言葉を渡してくれます。
朝も顔の近くで何かを喋っていますね。撫でるうちに一緒に寝てくれたり、『お腹も触りなさい』と訴えられることも。『こんな犬みたいな甘え方ができるようになったの?!』と、感動しています」

 

犬たちが家族を選ぶ

保護犬を迎える際に大切なのは、その子に自分たちを選んでもらうこと。
人間は選ぶ側ではなく、選んでもらう側なのだと忘れないでいること。
お話の終盤で、西尾さんはそう話してくれた。

「私が保護犬を迎えることに前向きになれたのには、
俳優仲間の村岡希美さんが共に暮らす、元保護犬の花子の存在が大きかったんです。
村岡さんにしか心を許さなかった花子が、少しずつ心を開き、変わっていく過程を間近で見ていて、
なんて素敵なんだろうと心を揺さぶられました。
その成長を見られるのは、どんなに素晴らしいことなんだろうと」

西尾家に迎えられて、せっちゃんも少しずつ変わってきた。
いつもの散歩道。
西尾さんは台詞を暗唱しながら、せっちゃんは沿道をスンスンと嗅ぎながら、並んで歩く。
またある日には、季節の移ろいを一緒に楽しむ。
別々のことをしていても、同じ景色を見ていても、家族はきっと、見えない糸で結ばれている。

取材・執筆:林りん
ライター、編集者、イラストレーター。シニアの愛犬が相棒。
インバウンド向け情報メディアの編集部に勤務後、フリーに。
雑誌やライフスタイル系WEBマガジンでの編集・執筆、企業オウンドメディアのデレクション、コピーライティング等を行う。
近年はイラストレーターとして、出版物の挿絵やノベルティグッズのイラスト等も手がける。
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