広島県・神石高原町から車でおよそ3時間。私たちピースワンコはこの日、徳島県動物愛護管理センターに来ていました。
目的は、ここにいる行き場のないワンコたちの保護(引き出し)のため。
これまで数えきれないほど繰り返してきた愛護センターからの保護活動ですが、今日の引き出しはピースワンコにとって特別な意味がありました。
広島県で達成した殺処分機の稼働停止を、ここ徳島県でも実現する——。今日こそが、その新たなる挑戦の第一歩だからです。
徳島県のワンコたち

挑戦の舞台となる徳島県には、私たちがこれまで活動してきた広島県と共通している要素がいくつかあります。
ピースワンコが活動を始めるまで広島県がそうであったように、犬の殺処分数が全国ワースト1位であること。そしてその要因には、地域的に野犬が非常に多いという、一朝一夕には解決できない問題が横たわっていること。
次から次へとやってくる犬に、施設のキャパシティももう限界。そうなれば、収容し切れない犬たちに待ち受けるのは「殺処分」という運命です。

徳島県動物愛護管理センターには、今も「鎮静器」と記された巨大な機械——殺処分機があり、いつでも稼働できる状態にあります。ピースワンコが引き出しを始めた今年3月以降、今のところはこの機械を止めることに成功しています。
しかし、ひとたび愛護センターがパンクすれば、今ここにいる犬たちは「鎮静」とは名ばかりの、炭酸ガスによる窒息という残酷な方法で犠牲になってしまう——。物言わぬ金属のハコは、そんな現実を突きつけてきます。

そんな差し迫った状況を少しでも改善し、犬たちの命を守るため、ピースワンコは4月16日に7頭、5月1日に3頭のワンコを助け出しました。今回引き取ったのは、ほとんどが元飼い犬——言い方を変えれば「捨て犬」の子たちです。
元々飼い犬だったワンコは、野犬に比べて犬同士のコミュニケーション経験が乏しく、1頭ごとの管理が必須のため、センターの管理スペースを圧迫してしまうことから優先的に保護しています。
突然やってきた見知らぬ人間たちに、興奮して吠える柴犬の男の子がいました。気性が荒く扱いが難しいとされたことなどから行き先が見つからず、ピースワンコにやってくることになった子です。

センターからの引き出しでは、ワンコたちにとって見知らぬ人がたくさんやってくるだけでなく、首輪やリードの装着、クレート内での長距離の移動など慣れない事態の連続です。でもそんななか、「気性難」と言われたこのワンコも、一切人に牙をむくことなく愛らしい姿を見せてくれました。

この白いワンコも捨て犬と見られています。人を見ると尻尾を振ってすり寄って来る甘えん坊で、「おすわり」もできる人馴れした賢い子です。それでも、センターにいた3カ月あまりの間に飼い主は現れず、譲渡先も決まりませんでした。


合計10頭のワンコたちは、徳島県から車での長旅を経て、広島譲渡センターや生駒譲渡センターなど各地に移って新しい家族を探すことになります。このワンコたちがやさしい家族に出会って幸せになるまで、ピースワンコは心を尽くしてお世話を続けます。

野犬に加えて、捨て犬も多い徳島県。県職員は「毎日のように迷い犬が入ってくる」と話します。飼い主の方の目に留まるように、新聞などさまざまな方法で保護した犬の存在を近隣に伝えているものの、飼い主が現れることは稀です。断言はできなくても、実際には「捨てられた」と考えられるケースが非常に多いようです。
県外では初となる協定を締結し本格始動、その決断の理由
ピースワンコは、2012年に広島県の動物愛護センターから殺処分対象の保護犬を引き取り、譲渡につなげていく活動を開始しました。当初はほぼ毎日、多いときは月に200頭以上を引き出す月日を積み重ね、2016年、県内の殺処分機の稼働を停止させるという目標を達成しました。
しかし、一度節目を迎えたとしても私たちの活動は何も変わりません。その後、広島県の殺処分機が一度も稼働を再開せずに済んでいるのは、行政や関係者の方々の努力に加えて、ピースワンコが県内の行き場のないワンコたちの受け皿になり続けているためです。現在でも、ピースワンコのシェルターや譲渡センターには約2,200頭のワンコたちが暮らしています。
そんななかで香川、福岡に続き、徳島にも活動範囲を広げ、さらに多くのワンコたちを助け出す——「果たして可能なのか?」「引き取ったワンコたちを全頭きちんとケアできる環境を維持できるのか?」命を預かる立場なだけに安易な判断は許されません。ピースワンコの内部でもさまざまな意見が飛び交いました。

それでも最終的に徳島県での活動を始めることを決めたのは、「日本の犬の殺処分ゼロ」を達成するために必要不可欠な道のりだと考えたからです。
2025年3月にピースワンコとしては県外では初となる「動物愛護・福祉の推進等に関する協定」を徳島県と締結。本格的な保護活動に踏み出す覚悟を固めました。
全国殺処分ゼロに向け、知ってほしいこと
2023年度、全国では2,118頭の犬が殺処分されました。私たちが活動を始めた10年前に比べて減ってきてはいるものの、まだまだ多くの罪のない命が奪われているのが現状です。
なかでも四国や中国地方に、殺処分が多い地域が目立ちます。
その最大の理由とされるのが野犬の多さ。土地の多くが山地に覆われ、気候も比較的温暖という野犬が増えやすい条件がそろっているため、数十年にわたって野犬が繁殖し続けている地域もあると言います。犬の数が多すぎて、次から次へとセンターに犬がやってくる状態になっているのです。

人間側のリテラシーの問題も見過ごせません。野犬を増やしている一因として指摘されているのが安易な「餌やり」。長年徳島県の動物愛護管理センターに勤め、県内の野犬問題に悩まされてきた職員の方は、「何よりも大きな問題は、野犬に餌やりをすることが悪いことだとあまり認識されていないこと」だと話します。
餌やりをする人がいる場所には野犬が多く集まるため、繁殖が進む土壌を作ってしまいます。しかし、野犬は狂犬病予防法に基づいて行政が「保護」することが決められており、野犬の通報があれば、県や動物愛護管理センターが捕獲に乗り出さざるを得ません。「犬がかわいそう」と善意の気持ちから餌をあげることが、結果的に殺処分の危機にさらされる犬を増やすことにつながってしまっているのです。
一方で飼い主たちの意識改革も重要です。外飼いのケースが比較的多いため、犬が脱走したり、飼い主の知らないうちに子犬が生まれてしまい飼育できなくなるといったケースも起こっています。悲しいことに、捨て犬と思われる犬も多くいます。

徳島県動物愛護管理センターでは、譲渡可能な犬の飼い主募集を積極的に進めているものの、センターにやってくる犬の数には届きません。「県内譲渡だけではもう追いつかない」(県職員)のが現状なのです。
今まさに失われていくワンコたちの命を救うため、行き場のないワンコの受け皿を増やしていくことは重要です。そして同時に、野犬の問題や捨て犬の問題に光を当てることが、全国の犬の殺処分ゼロをめざす「Mission 0」の達成には欠かせないのです。
千里の茨の道も一歩から

数多の課題が立ち塞がる、全国殺処分ゼロまでの道のり。それでも、諦めずに取り組み続けないことには光は見えてきません。
この日センターに足を運んだ徳島県内で活動する保護団体の方は、「野犬がとても多いという問題はなかなか解決できない」と苦悩をにじませます。それでも、「地元の人も、(野犬の)子犬がどこで生まれているなどの情報を教えてくれたりと、とても協力的です。みんなでできることを少しずつやっていけば殺処分ゼロも夢じゃない」と希望をもって話してくれました。
民間の団体も行政も、同じ目標をもって手を尽くしています。「全国殺処分ゼロを目指すうえで、こうした難しい問題を抱える徳島県での活動は必要不可欠」だとピースワンコのプロジェクトリーダー、安倍誠は言います。そして、この日の引き出しを振り返りながらこれからの“覚悟”について、こう結びました。
「課題は山積していますが、まずはできることから。応援してくれる方も全国にいる。官民で連携し、民間でも手を取り合って、千里の茨の道も一歩一歩進んでいきたい」