雑種って、可愛い!
雑種、保護犬、元野犬。
そう聞いて最初に思い浮かぶのは、どんなイメージだろう?
かわいそう、怖そう、飼いづらそう?
もしかしたら、そんなイメージがよぎってしまう人も、まだ少なくはないのかもしれない。
そんな中、満面の笑みと共に「とにかくまず、見た目がタイプ!」と、彼らへの愛を軽やかに語る人がいる。
雑種の魅力を紹介する雑誌、その名も『ZASSHU(ザッシュ)』の制作・発行を手がける、矢野江里子さんだ。
魅力の宝庫、雑種の専門誌

2022年6月に創刊したZASSHUは、出版社を通さない個人発行の出版物。
年に1冊ペースで発行しており、ZASSHUの公式サイトで販売しているほか、全国19ヶ所の協力店でも数量限定で配布を行っている。
2025年4月末には、ピースワンコも登場する最新号、ZASSHU vol.4も発売。
その内容は、いったいどんなものなのだろう?
ページをめくるとまず目に飛び込んでくるのは、いたずらっぽい表情やあふれんばかりの笑顔、ちょっと情けないリラックスした姿など、思わずクスッと笑ってしまうような雑種犬たちの愛らしい様子。
怯えたり、威嚇したりといったイメージとは程遠い、心を開いた家族だけに見せる愛嬌あふれる姿が、写真やインタビュー、イラストなどでユーモアたっぷりに紹介されている。
誌面のデザインも、カルチャー系の冊子を思わせるような、カラフルでポップなスタイル。
「雑種って面白くて、可愛くて、楽しい!」
そんなメッセージが、暗い先入観を払拭するかのように、雑誌全体で体現されているようだ。
そこには、彼らのイメージをポジティブに上書きし、新たな雑種ファンを開拓したいという矢野さんの想いが込められている。
「『保護犬や雑種犬=かわいそう』と思ってほしくない気持ちがあるんですよね。飼ってみれば、ただの可愛い子じゃないですか。行動も面白くて、雑種って本当にネタの宝庫! だから、お家にいる雑種たちのありのままの姿や暮らしを伝えたら、『雑種っていいかも』と思ってくれる人が、絶対にもっと増えるはずだと思うんです」
雑種愛に満ちた笑顔で、明るく話す矢野さん。
それでも創刊前には、「保護活動に参加していない自分がこういったものを作って、どう思われるだろう?」との不安もあったと言う。
では、どのような道をたどって、矢野さんはZASSHUの創刊に至ったのだろう?
デザインを軸に経験を重ねて

矢野さんの職業は、デザイナーとイラストレーター。
大分県で生まれ育ち、県外の大学でプロダクトデザインを学んだ後、「複数の領域を横断する仕事をしてみたい」と東京のイベント会社に就職、企画からイベント会場の現場運営まで、幅広い業務に携わった。
結婚後の2017年には、自然と都会、双方へのアクセスに恵まれた環境を求めて、福岡県糸島市に移住。
県内のデザイン会社やソーシャルビジネス企業で経験をさらに積み、2021年よりフリーランスとなって、現在は仕事、育児と並行しながら『ZASSHU』の制作を行っている。
リノベーションした一軒家で共に暮らす家族は、夫と、もうすぐ3歳を迎える息子、そして雑種の「あげぱん」だ。
幼心に抱いた、命の対価への疑問

夫婦共に雑種犬と暮らした経験があり、「飼うなら雑種」と話していたという矢野さん。
保護犬との出会いは、小学生の頃に遡る。
「実家で犬を飼うことになって。両親が保健所に電話して、保護犬の触れ合いイベントに参加し、白い雑種の仔犬を迎えました。もう、本当に可愛かったですね。今思えば、父が役所勤めで、保護犬について知識があったからでしょうか、保健所から迎えるという選択肢は、両親にとって自然なものだったのだと思います」
こうして雑種が大好きになった矢野さん。
時を同じくして、保護犬の問題を知るようになる。
「もらい手がなかったら、うちの子も保健所で殺されていたかもしれないと知って、すごく衝撃を受けたんです。同じ頃に友だちがミニチュアダックスを飼い始めたのですが、その価格を聞いて、この差って何なんだろうと、さらにショックを受けて。『うちの子だってこんなに可愛いのに、どうして命の値段に差があるんだろう。しかも、保健所には選ばれなくて殺されちゃう子もいるのに』と、ずっと考えてしまう時期がありましたね」
うちの子が可愛いからこそ、幼い胸を締めつける保護犬の問題。
「その体験がずっと残っているんです」と、矢野さんは振り返る。
あげぱんとの暮らし

保護犬を取り巻く状況は、深刻な解決すべき課題。
問題を真摯に受け止める一方で、ずっと矢野さんが抱きつづけてきたのは、雑種のワンコたちへのあふれる愛情だ。
待望の雑種の子との暮らしが始まったのは、2019年の大晦日。
マンションから一軒家に移り住むタイミングで、まだ仔犬のあげぱんを家族に迎えた。
「あげぱんを初めて見たのは、保護犬紹介のホームページ。ものすごく情けない顔で載っていて、『きょうだいの中で一番ビビリです』と紹介されていました。そのせいか最後まで里親さんが見つからずに残っていて、『困り顔のこの子を私が飼ってあげたい』と」
あげぱんのことを話す矢野さんは、ずっと楽しそうに笑っている。
不器用なところも、ちょっとダメなところも、面白くて、可愛くて仕方ない。
そんな気持ちが伝わって、思わずこちらも頬がゆるむ。
「停車中の車に自分からぶつかったのに、『何なんですか? 怖い……』みたいな顔をしていたり、海へ行った時の笑顔や、おやつをもらう前のドヤ顔が、いつもはビビリな犬とは思えなかったり。あげぱんがいない生活は、もう考えられないです」
ZASSHUの創刊へ

こんなにも楽しい、雑種との生活。
この子たちの魅力を広く伝えられたら、純粋に「雑種を飼いたい」と思ってくれる人が増えるんじゃないかな?
一つの犬種のように、血統書付きの子たちと並んで、選択肢に加えてもらえるんじゃないかな?
そこで、矢野さんが思いついたのが「雑種を紹介する雑誌」だった。
「夫と『ザッシュのザッシ』っていいんじゃないって、冗談半分で雑談していたんです。とはいえ当時は会社勤めで、並行して自分で作れるなんて思っていませんでしたが」
事情が変わったのは、数ヶ月後のこと。
治療の通院のため、時間を自由に使える働き方をしたいと、フリーランスになった矢野さん。
「こういう状況になったのなら、好きなことをやってみようと思ったんです。仕事で学んできたこと、保護活動に関わってこられなかったこと、図らずもフリーランスになったこと、回り道のように感じられた全てが、ここで繋がったと思いました。運命みたいなものを感じましたね」
そうして動き出した数ヶ月後、2022年の初夏に、ZASSHUは晴れて誕生した。
皆んなで作って、仲間を増やそう

創刊からの3年を思い返し、当初は予想もしていなかったような温かい反応や繋がりを感じていると、矢野さんは話す。
「『うちの子』はもちろん、雑種という存在自体に愛情をお持ちで、魅力を発信したいと思っている方が、こんなにいらっしゃるんだと驚きました。お家の子と一緒にInstagramで紹介する流れを自発的に作ってくださったり、お友だちに勧めてくださったり、企画を募集しても、皆さんノリノリで面白い写真やエピソードを提供してくださったりして。だから私は、皆さんと一緒にZASSHUを作っている気持ちなんです。『皆んなで作った雑誌で、雑種が好きな仲間を新たに増やそうよ』という感覚で作っているんですよ」
ZASSHUを通して、デザインする未来

ZASSHUの見返しには、3つの理念が掲げられている。
・その1 オンリーワンの雑種犬を愛する。
・その2 否定をしない。
・その3 ふざける心を忘れない。
それは、ただ純粋に雑種を全力で愛し、立場や考え方の異なる存在も否定せず、正面とは違った角度からのアプローチで彼らの魅力を伝え、価値を高めていくという信条を謳ったもの。
「雑種を飼ってる人って、かっこよくて、何だかいいよね」
そんなことが言われる未来。
今よりもさらに、雑種を飼うことが当たり前の選択肢の一つとなって、いつか「保護犬」という言葉さえなくなる未来。
矢野さんや私たちが思い描く、理想的な未来へとたどりつくには、ZASSHUのように軽やかで、でも確かな力が起こしてくれる風が、きっと必要なのだ。

取材・執筆:林りん
ライター、編集者、イラストレーター。シニアの愛犬が相棒。インバウンド向け情報メディアの編集部に勤務後、フリーに。雑誌やライフスタイル系WEBマガジンでの編集・執筆、企業オウンドメディアのデレクション、コピーライティング等を行う。近年はイラストレーターとして、出版物の挿絵やノベルティグッズのイラスト等も手がける。
▽ ワンコを幸せにするために「ワンだふるサポーター」でご支援お願いします。▽