虹の彼方を見つめて 1 ― 絵本作家 菊田まりこさんインタビュー

別れの、その先に

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愛する存在との別離。

それは多くの人にとって、生きていく中でいつか向き合うことになるであろう悲しい経験だ。

残された自分たちは、果てしない寂しさや喪失感と、どう向き合っていけばいいのか。

絶対の正解がないそんな問いを前に、途方に暮れながら日々を送る人も少なくはないだろう。

それでも時間が経つにつれて、心の空洞にも光が差し込むようになるかもしれない。

悲しみの先に差す光があることを知れば、少しずつ、また歩き出せるかもしれない。

このシリーズ「虹の彼方を見つめて」では、喪失の経験を抱く人に寄り添い、心の道しるべとなるような言葉を届けていきたい。

絵本『いつでも会える』の著者、菊田まりこさん

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第1回目となるのは、絵本作家、菊田まりこさんのインタビュー。

1998年のデビュー以来、読む人に大切な何かを気付かせてくれるような数々の作品を発表してきた菊田さん。

大切な人との死別という繊細なテーマを扱ったデビュー作『いつでも会える』は、1999年度ボローニャ国際児童図書展でボローニャ児童賞・特別賞を受賞。

これまでに多くの国で翻訳出版され、100万部を超えるミリオンセラーとなっている。

さらに今年4月には、新装版『いつでも会える』(白泉社)が発売。

本作はこの先も、多くの人のもとへ届いていくはずだ。

世代も国境も越え、これほどまでに心に響く物語は、果たしてどのようにして生まれたのだろう?

実体験から生まれたストーリー

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『いつでも会える』の主人公は、犬のシロ。

物語では、いつも一緒だった少女、みきちゃんを失い、戸惑いと悲しみを抱きつつも乗り越えていくシロの姿が、温かなタッチの絵と心を打つ真っ直ぐな言葉によって描かれている。

「シロは私自身なんです。作品はいつも、実体験からしか書けなくて」

ゆっくりと真摯に言葉を探しながら、菊田さんは話し始める。

「制作当時の私はグラフィックデザイナー。仕事で手がけたポストカードのシリーズが編集者の方の目にとまって、大人に向けた恋愛がテーマの絵本制作を依頼していただいたんです。その際にふと、『もし私が、まっさらな状態から本という形で何かを残すなら、どんなものを書きたいだろう』と興味が湧いて」

オファーされたものとは別で、ラフを作ってみることにした菊田さん。

すると、思いがけないことが起こる。

「頭の中で1ページずつ読んでいくように、言葉がするすると出てきたんです。心の中で次々とページをめくって、最後のページまでたどり着いた時に、1冊の本を読み終えた感覚がありました。そこで『この本はもともと私の内側に、すでにあったんだ』と感じたんです。これは私が経験した大切な人の死を受け入れていくプロセスを、手に取れる形にしたもの。私の中で消化されていたから、自然に物語として出てきたんですね」

菊田さんは、描き上げた物語をオファーされたテーマのラフに添えて提出。 ともに出版が決まり、2冊は『いつでも会える』、『君のためにできるコト』(2025年6月に新装版刊行予定/白泉社)として刊行された。

無償の愛をくれた存在との別れ

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心の中に、生まれていた物語。

その源には最愛の祖父との別れがあったと、菊田さんは言葉を続ける。

「中学2年生で、祖父を亡くしたんです。三世代家族でしたから、祖父母は両親のように近しい存在。初めて身近な人を亡くした経験でした。祖母が亡くなった際には、心電図の波形が、ある瞬間、ピーっという音と共に動かなくなる瞬間に立ち会いました。その1点で生死が隔てられるって、どういうことなんだろう。考えても、とても理解が追いつかなかったです」

惜しみなく愛を注いでくれた、祖父母との別離。

とりわけ祖父との別れは、受け止められないものとして、菊田さんの心にとどまっていた。 「前日に会った祖父は生きていたのに、今日の祖父は亡くなっている。その状況が受け止められなくて。作中で『どうしてかな』『なんでかな』と問いかけるシロは、戸惑っていた自分の姿なんですね。不在を受け入れられないまま、その人のいない日常を過ごす。街で似た人をつい探してしまう。そんな何年かを経てからこの物語を書いて、初めて『私はこんな捉え方ができるようになっていたんだ』と気付けました。当時、私は28歳。『いつでも会える』は、28年間をかけて書いた本なんです。無垢な愛情で結びついたシロとみきちゃんは、祖父と孫の象徴。私が生まれ、祖父が名前をつけてくれて、抱っこして、無償の愛をくれた。死別して、何年もかかって、やっと受け入れることができた。この短いお話の中に、そのすべてが詰まっているんです」

必要な人のもとへ、本が旅をする

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個人的な経験を昇華したこの物語が、多くの人々の心に届いたのはなぜだろう?

菊田さんは誠実に、こう答えてくれた。

「気持ちの整理のために書いたような本だったので、たくさんの方が同じような思いを表明してくれるのが不思議でしたね。『多くの方が同じようにして、別れを受け入れるんだ』と知って、安堵感を覚えました。私はごく普通の感覚しか持っていないから、特別な物語ではないはず。だからこそ、『これは自分の物語』と感じてくださる方が多いのかもしれません。」

読者が広がっていくことで二つ、確信に似た感覚を得ていることがある。

「この本が私の手を離れて、必要な人のもとへ旅をしている、出会いに行っていると感じています。ファンレターを頂くと、シロが旅先で必要な人に会って、メッセージを届けて、その旅先から便りをもらっている気持ちになるんですよ。また、この本が、旅立っていった存在と残された人のメッセンジャーの役割をしているようにも感じていますね。不思議な話なのですが、大切なタイミングや記念日にこの本に出会ったという方がすごく多くて。『旅立った存在が自分に届けてくれたメッセージだと感じました』というお話をよく伺うんです」

傷を見せること、癒すこと

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優しい表情で、温かく、不思議なエピソードを話してくれる菊田さん。

本作が広く愛されている理由にはもう一つ、この本を誰かに手渡してくれる人々の存在があると話す。 「お手紙でたくさんの方が、子どもがお母さんに傷を見せるみたいに、ご自身の乗り越えてきた体験を教えてくださるんです。拝見していると、長く一人で心の痛みと向き合ってこられた方が多くて。たとえばペットロスも、周囲と共有しにくいところがありますよね。家族がいたとしても、喪失の悲しみは自分の中だけで消化しないといけないですし。その悲しみを知っている人は、思いを消化できたとき、傷ついている誰かの悲しみをやわらげてあげたいと考えて、この本を渡してくれる。かさぶたができて傷が治りつつある人が、他の人に絆創膏を分けてあげるみたいに。そんな優しい方がいるから、この本が繋がっていくのかもしれません」

必要とする人に、これからも届くように

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プロセスを描いているからこそ、悲しみの真っ只中に佇んでいる人には、この本はまだ読めないかもしれない。

菊田さんは、自らそう話す。

それでも、いつか心の傷が癒え始めたとき、その人は再び、この本に巡り会うのかもしれない。

出会うべき人のもとへ届くよう、シロの旅がこれからも続いてほしいと、菊田さんは願っている。

「命には必ず終わりがあるから、大切な存在との別れって、一度は経験することだと思うんです。死別を乗り越えるというのは、ずっとなくならないテーマと言いますか、誰かにとってこの本が必要になることが、この先もきっとあるはず。ですから、新装版が発売されたことで、これからも必要な人に手に取ってもらえることが嬉しいし、安堵感もあります。これは、この本やシロの思いかもしれないですね。著者としては、その旅をそっと見守っていきたいと思います」

たとえ今は悲しみの渦中にあっても、本作のラストシーンのように、温もりを感じられる日がきっと来る。 そう信じることは、いつか誰かの暗闇を照らす、希望の灯火になってくれるだろう。

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菊田まりこ著『いつでも会える』
定価1,100円(税込)

白泉社刊

https://www.hakusensha.co.jp/booklist/74363

MOEのえほん

https://www.moe-web.jp

取材・執筆:林りん
ライター、編集者、イラストレーター。シニアの愛犬が相棒。インバウンド向け情報メディアの編集部に勤務後、フリーに。雑誌やライフスタイル系WEBマガジンでの編集・執筆、企業オウンドメディアのデレクション、コピーライティング等を行う。近年はイラストレーターとして、出版物の挿絵やノベルティグッズのイラスト等も手がける。

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