シェルターをつなぐ人

広島県神石高原町にある、ピースワンコ・ジャパンの本拠地。
そこには、西日本最大級のドッグランとともに、犬たちの保護施設である「シェルター」の犬舎が並んでいる。
愛護センターから引き出された保護犬たちが最初に迎えられるのは、医療検査を行う検疫シェルター。
そこからワンコたちは、性格や状態に合わせて仙養シェルターと西山/スコラシェルターの各犬舎に移動となり、譲渡へ向けたトレーニングを行いながら生活していく。
昨年度まで検疫シェルターのチーフを務め、今年4月にシェルターサブマネージャーとなった上廣元基(うえひろ・げんき)さんは今、それぞれの犬舎を周りながら、保護犬たちと、そこで働く人々にとってのより良い道を探ろうとしている。
「シェルターによって犬の状態も違いますし、スタッフも、仕事のやり方も違いますから。まずは現場に入らせてもらって、一緒に作業したり、コミュニケーションを取ったりするところから始めてみようと思って」
にこやかに語る上廣さん。
その口調は朗々としていながら、穏やかに響く。
犬と触れ合う現場から、人と犬にとってのベターを俯瞰的に作っていく立場へ。
その変化の中にある上廣さんの目には、どんな景色が映っているのだろう。
回り道を経て、動物と関わる仕事へ

幼い頃から犬と暮らし、将来は動物と関わる仕事に就きたいと漠然と考えていた上廣さんがピースワンコに入職したのは、2021年の1月。
二度の転職を経てのことだった。
「地元の大学への進学を考えていましたが、動物について学べる学部がなく、少しでも近い分野へと思い、海洋生物系の学部に進みました。動物園や水族館で働くことに憧れつつ、就職は現実的に厳しいと感じ、進路を変更。新卒で食品関係の企業に就職したんです。ただ、実際に働いてみると、心の奥底にあった『動物関連のことに携わってみたい』という思いが大きくなって」
やはり動物と関わる仕事がしたいと思い直した上廣さんは、転職活動を開始し、ピースワンコの求人を見つける。
「地元の広島に、こんなに大きな団体があるんだと驚きました。愛護センターは動物が処分される場所というイメージを持っていましたが、そこで譲渡活動が行われていると始めて知って、動物保護の分野にも興味が湧いたんです。ここでなら、自分の“好き”を仕事にできるかもしれないと思い、応募を決めました」
見事、中途採用となり、24歳でピースワンコに入職。
検疫シェルターに配属となった。
検疫シェルターで犬たちと向き合って

念願の動物と関わる仕事。
それでも最初は「不安が大きかった」と上廣さん。
「それまで接してきたのは家庭犬で、野犬と接するのは始めて。犬の行動管理についての知識もありませんでしたから、戸惑いがありましたね。ワンコたちは想像以上に怖がりで、警戒心が強く、どうやって譲渡までつなげればいいのかと、不安も大きかったです」
検疫シェルターは、愛護センターから引き出されたばかりのワンコたちが最初にやってくる場所。
いわば素のままの野犬たちを受け入れるシェルターであり、怯える子や、威嚇しがちな子と接する機会も多い。
「怖がりで、近づくと歯が出てしまう子も多いんです。自分たちが怪我をしないように、というのももちろんなのですが、噛ませると『噛めば嫌なことをやめてくれる』と犬も覚えてしまうんですよね。ですから、ケアもトレーニングも、とてもデリケート。目の前の子とどう関わるか、感覚を掴むのが大変なんです」
それでも、先輩から学んだり、試行錯誤を重ねたりしながら、犬たちとの関係を築く道筋を探ってきた。
上廣さんは笑顔を浮かべ、こう話す。
「時間をかけてトレーニングしたり、毎日接したりすることで、心を開いてくれるんですよね。最初は『卒業させてあげられるかな……』と不安に思うくらい怖がりだったとしても、卒業できる子はいるんです」
入舎から卒業までを見守れる場所

医療検疫機関として、入舎してきたワンコたちの体調観察やトレーニングを行う検疫シェルターは、“バックヤード的存在”。
他のシェルターとの大きな違いは、犬たちの出入りが激しいことだそう。
「隔週で10頭前後、愛護センターから引き出された子たちがやってきます。検疫シェルターでの期間を終えたら、その子たちは各シェルターへ移動。名前をつけて、覚えた頃に移動して、また新しい子が来て、といったサイクルなので、日々同じ業務のようでも、マンネリ化している感覚はないですよ。どの子も個性的ですしね。いろんな子と接することができるのは、すごく楽しいです」
また、入舎したてから卒業後までの変化を見守れるのも、検疫シェルターだからこそのやりがいの一つ。
「昨年、愛媛で保護された子と、そのきょうだい犬を検疫シェルターで預かったんです。保護してピースワンコに相談して下さった方が、『トレーニングを終えたらうちで迎えます』と言ってくださっていたので、早くお家の子にしてあげたいと、トレーニングにも熱がこもりました。きょうだい犬は妊娠していて、検疫シェルターで出産し、今ではみんな揃って愛媛のお家で幸せに暮らしているんですよ。入ったばかりの子は表情が固くて、修行僧みたいに険しい顔の子も多いですが、卒業した子達は表情がほぐれて幸せそう。雰囲気が全然変わるんですよね」
シェルターサブマネージャーとして

現場のチーフから、複数のシェルターを管理する立場となって約3ヶ月、自らの視点の変化を上廣さんは感じている。
「これまでは自分のいる検疫シェルターのことしか把握できていませんでしたが、今は全シェルターを周って各現場を知り、改善点も見えてくるようになりました。犬たちのQOLの向上や、家庭に迎えられるまでに時間を要している子たちが年を重ねてきていること、シェルターやスタッフ間の交流など、考えることはたくさんあります」
対犬よりも対人の業務が増え、犬不足だと苦笑する上廣さん。
新しい立場に不安もあると言いながらも、「一人ひとり、一頭一頭、丁寧に向き合っていくことを大切にしていきたい」と話す。
そのために大切にしているのは、人にも犬にも、焦らず余裕を持って、優しく接すること。
「犬たちには自分の気持ちって全部伝わってしまうんだな、と感じる場面が多いんですよね。焦ったり、イライラしていたりすると、敏感に感じ取って警戒したり、不安定になってしまう。ですから、まず自分が落ち着いて接することが大切なんです。人に対しても、チームで働いているので、周りの空気を和らげ、相手が話しやすいように穏やかでいる方が、良い影響を与えられますよね。私の場合、周りの人に恵まれていたことも、今まで頑張ってこられた理由の一つ。上司や後輩たちに支えられながら、本当に日々、学ばせていただいてきました。だから、忙しくても、周りと協力しながら働けていることに感謝しつつ、静かな気持ちで仕事に向き合うようにしています。目指したいのは、“現場に近い上の人“。人と話すこと自体は好きなので、いろんな方とコミュニケーションを取って、後輩の子たちにとっても話しやすい存在になれたら。声を拾えて、犬にも人にも信頼してもらえるようになっていきたいです」
その言葉を体現するように、上廣さんの声にはどこか、相手を安心させるような響きがある。
人とも犬たちとも、繊細に関係性を築きながら、架け橋となれるように。
上廣さんの新たな日々は、始まったばかりだ。
取材・執筆:林りん
ライター、編集者、イラストレーター。シニアの愛犬が相棒。インバウンド向け情報メディアの編集部に勤務後、フリーに。雑誌やライフスタイル系WEBマガジンでの編集・執筆、企業オウンドメディアのデレクション、コピーライティング等を行う。近年はイラストレーターとして、出版物の挿絵やノベルティグッズのイラスト等も手がける。










