かさねた月日を愛する 1 ―シニア犬を迎えること

共に暮らすなら、どんな子と?

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保護犬を家族に迎える。

彼らと誠実に向き合うなら、きっとそれは暮らしのステージを変えてくれる、素晴らしい一歩になるはずだ。

そうして思い描く新たな生活は、どんなイメージだろう?

かわいい子犬との、にぎやかな朝。

繊細さも愛おしい、成犬との散歩。

シニア犬と過ごす、穏やかな時間。

同じ保護犬でも、生活がどう変化するかは、迎える子によって違ってくる。

そして、シニア犬と暮らしたことのある人なら、真っ先に彼らとの暮らしの豊かさを思い浮かべる人も少なくないはず。

では、シニア犬を迎える素晴らしさとは、どんなものだろう?

彼らと共に暮らす喜びについて、実際に里親さんのお話を伺ってみよう。

14歳の元保護犬、トロ

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「里親になるならシニア犬がいいと思っていたんです。一緒に暮らして、かわいさは日々増していますね。この子のことなら、ずっと喋っていられますよ」

明るく伸びやかな声に、温かな関西のイントネーションで語ってくれたのは、14歳の元保護犬トロと暮らす坪井はるみさん。

2024年2月、坪井さんは当時13歳だったオスの雑種犬アンチョをピースワンコから迎えた。

家族となって彼がもらった名前が、トロ。

里親募集の写真を見つめ、この子をもし家族に迎えたらと想像していた頃から考えていた名前だ。

幼少期からずっと、犬のいる生活を送ってきた坪井さん。

長男と暮らす現在の住まいにトロを迎えたのは、先代の子を見送ってから約1年後のことだった。

「前の子は20歳まで生きてくれたんです。亡くしてからの1年は、初めての犬のいない生活。心に穴の空いたようでした」

それまでは、同時期に始まった先代犬と両親の介護をしながら仕事をこなす、多忙な毎日。

「数年後、みんなを同じくらいの時期に見送ることになって。急に手が空いたから、何をしていいか分からなかったですね」と振り返る。

介護生活に区切りがつき、二人のお子さんも社会人となり、手を離れている。

突然生まれた自分の時間に戸惑い、犬のいない心の空洞を埋めるように、坪井さんはピースワンコの保護犬情報を眺めて心を癒していた。

そんな中、「次の子をお迎えするつもりはなかった」はずの心を動かしたのが、トロの写真。 頭から離れなくなり、犬友だちにも背中を押してもらって迎えることを決めたのだと、坪井さんは笑みを浮かべる。

犬たちが教えてくれること

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もう一度、犬と暮らしたい。

坪井さんが願いを叶えた原動力には、犬たちと暮らしてきた中で抱いた、ある強い想いがあった。

「犬に教えてもらうことって、すごく多いんですよね。もう一回だけ一緒に生活して、まだ自分に足りないことを教えてもらいたいと思ったんです。シニアで迎えたトロには、本当にいろんな初めてのことを教えてもらっているし、もっと教えてほしいなという気持ちです」

子犬から成犬、要介護のハイシニア期まで、これまで坪井さんは、あらゆる年代の犬と暮らしてきた。

その経験を踏まえた上で、今また一緒に暮らしたいと希望したのはシニア犬。

その魅力を坪井さんはこう話す。

「とにかく穏やかです。私がイライラしているときでも、全く動じないんですよ。笑ってしまうくらい堂々としているから、『私、何怒ってんねやろ。こんな小さいことで』と、気付かせてくれるんですよね。子犬期から一緒にいた犬たちは、通じ合える空気のような存在でしたが、成犬のトロにはすでに確立されたものがあって、そこからスタートじゃないですか。これもすごく勉強になる。お迎えして、いいことばかりです」

笑いの絶えない毎日

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家族になった約1年後、トロは緑内障を発症し、視力を失った。

それでも「そんなに手はかからないんです。吠えることもないですし、物足りないくらい」と坪井さんは笑う。

「介護経験はありますが、失明した子との生活は初めて。長く犬と過ごしてきたのに、まだ初めて経験させてもらうことがたくさん。学びって、お互いにとって試練なんですよね。最初は辛くても、一緒に勉強して次につなげていける。だから、楽しみながらお世話しています。お散歩だって、並んで歩きながら誘導してあげれば問題なくできるんですよ。トロはね、お散歩が大好きなんです。普段は落ち着いているのに、散歩の準備を始めると音で気付いて大はしゃぎ。雨で散歩に行けないときも『そろそろ行くやろ?』って顔をして、私の方を向いて座って待っているんですよ。『絶対に目、見えてるやろ?』って、毎日笑っちゃうことばかりです」

最初の1年間でお散歩コースも室内環境もすっかり覚え、食事も問題なくこなせるトロ。

危ない場所やダメなことも、教えればすぐ覚えられる愛犬について、「学習能力が高いんです」と、坪井さんは目を細める。

視覚が衰えた一方で、トロの耳と鼻の感覚はさらに鋭敏になっているそうで……

「私たちの夕飯が自分も食べられるメニューだと、匂いで気付いて、こちらを向いて『当然もらえる』という顔をして待ってるんですよ」

人生の先輩、シニア犬の魅力

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いつもは穏やかなのに、散歩やご飯の時間はきっちり覚えていて、譲らないトロ。

物静かだけど、主張がある。

無表情のようで、よく見ると小さな変化がある。

シニア犬には通好みの、味わい深い愛おしさが備わっているのだ。

「子犬を育てるのは、人間の育児と同じくらい大変なこと。でも、シニア犬なら、動きもゆったりしていますし、精神的にできあがっているから、一緒に歩んでいける感覚があります。精神的にも癒されるし、飼うのが楽ではありますね。話をじっと聞いてくれるから、私はトロにいつも喋りかけているんですよ。でもね、ときどき私に背中を向けて主張するんです、『今そんな気分やないねん』って」

愛犬と織り上げる、オンリーワンの関係性。

シニアの子とだからこそ築ける豊潤さが、そこにはある。 「なかなか慣れないですよ」と坪井さんは言うが、すでに豊かなコミュニケーションが、ふたりの間では交わされているようだ。

生きた証をつなげたい

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生駒譲渡センターで家族に迎えた日の写真(広島からの長旅につかれたお顔)

野犬として生まれ、遊びを知らずに育ったトロにとって、最高の喜びは食事と散歩だ。

だからこそ、その二つを最大限に楽しませたいと、坪井さんは考えている。

手作りご飯の匂いで、「今日はなんだろう?」と毎日ワクワクさせてあげたい。

散歩で自然の匂いを嗅ぐと嬉しそうだから、季節ごとの空気を感じさせてあげたい。

その想いから、坪井さんは今、自然に近い場所へと移り住むべく、物件を探している。

そしていつか条件が整えば、もう1頭シニアの子を迎えることも、思い描いているそうだ。 「シニアの子を寂しい思いのまま逝かせたくない気持ちがあって。その子が生きてきた証しを一つでも作ってあげたい。私の記憶に残すだけでも、一つになりますから。何頭もの子と暮らしてきましたが、見送るたびに後悔って残るんですよね。その学びを次の子に生かしてあげることで、その子の中で、前の子も生かすことができる。次の子につなげていく意味って、そこにもあると思うんです」

バトンを受け取り、愛情を注ぐ

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もちろんシニア犬を迎えるには、健康や幸せに対する責任と、最期まで看取る覚悟が必要。

にこやかな表情を浮かべつつ、真剣な眼差しで坪井さんはそう話す。

「ピースワンコの保護犬は、スタッフさんが譲渡への道筋をつけてくれた子たち。そのバトンを受け取ったからには、覚悟を持って愛していきたい。犬たちは、全力で愛情を注げば、絶対に裏切らない存在ですから。かわいいだけじゃない、もっと深いものがこの子たちにはありますよね。だから、長く生きてきた子の最後の数年は、ものすごく凝縮された時間。全てを濃縮して教えてくれる、とても貴重なものだと思うんです」

シニア犬を迎える。

それは、その子の生きた証しを受け取り、未来へつないでいくことなのかもしれない。

「我が家では、これまでの経験を注がれているトロが、一番得をしていますね」 朗らかに、愛おしそうに、坪井さんはそう言って笑った。

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取材・執筆:林りん
ライター、編集者、イラストレーター。シニアの愛犬が相棒。インバウンド向け情報メディアの編集部に勤務後、フリーに。雑誌やライフスタイル系WEBマガジンでの編集・執筆、企業オウンドメディアのデレクション、コピーライティング等を行う。近年はイラストレーターとして、出版物の挿絵やノベルティグッズのイラスト等も手がける。

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