世界に一頭の子

約679万頭と推定される、日本国内の犬の飼育頭数(2024年一般社団法人ペットフード協会調査)。
国内に存在する犬の頭数は、野犬や飼育放棄された犬たちも加わり、さらに大きな数になる。
忘れないでおきたいのは、その一頭一頭が、それぞれの血統や個性を持つ、世界に唯一の子だということ。
元野犬の保護犬たちはその事実を分かりやすく私たちに教えてくれるのだと、譲渡マネージャーの上谷祐実(うえたにゆうみ)さんは、真っ直ぐに通る声でそう話す。
パートタイマーから譲渡マネージャーに

全国に10拠点を構えるピースワンコジャパンの譲渡センター。
譲渡マネージャーである上谷さんは、譲渡促進を図る全体の施策管理や、各センターの運営を統括する責任者だ。
岡山譲渡センターを拠点に管理職として全国の拠点を回る上谷さんだが、2020年の入職当時は、同センターのパートタイムスタッフとしてキャリアをスタート。
入職から半年足らずで正職員となり、同センターの店長を務めた後、譲渡マネージャーとなった。
「妊娠を機に前職を退職し、復帰後の働き方を考える中、犬の役に立つ仕事をしたいと思うようになって、通信教育で学び始めました。ピースワンコの存在を知ったのはその頃。求人はしていなかったのですが、犬の命を助ける仕事はすごくいいなと感じていました」
上谷さんは、ペットショップの実際の様子を覗いてみようと、業界大手の店舗に勤務。
併設の病院やサロン、ペットホテルの業務を経験できた一方で、犬猫たちへの扱いに疑問を持つことも多くあった。
約1年が過ぎた頃、ピースワンコ岡山譲渡センターの求人募集を見つけて応募し、今に至る。
元野犬の可愛さに魅了されて

「雑種の中型犬に触れ合う機会がなかったので、当初は若干の不安もあった」と上谷さん。
その憂いは譲渡センターのインターンとして勤務した数日間で、愛情へと変わった。
「本当にどの子も個性的で可愛くて。最終面接前にインターンを3日間させてもらったのですが、本当に楽しかったんです。いわゆる飼い犬と違う行動がすごく新鮮で、こんな世界があるんだと思いました」
保護犬と暮らす理由

そう話す上谷さん自身も、保護犬を迎えた一人。
2021年にピースワンコ出身で元野犬のオスカーを迎え、現在は家族と先住の小型犬2頭と猫2匹と共に暮らしている。
オスカーの先輩にあたる2頭は、ペットショップで売れ残っていく様子を見かねて、家族に迎えた子だ。
どこからどんな犬を迎えるかには、幾つかの選択肢がある。
その中で保護犬を選び、共に暮らす魅力とは何だろう?
罪もなく消される命を救うことができるのはもちろんのこと、その子たちと一緒に生きていく喜びとは、どんなものなのだろうか?
仕事での経験から、また里親としての視点から、上谷さんに「保護犬と暮らす理由」についてお話を伺ってみよう。
①小さな変化に喜びを感じられる

保護犬は最初は警戒心が強く、人前で水を飲むといった当たり前のことが難しいことも多い。
それでも、人と過ごしていくことによって、様々なことができるようになっていく。
「例えば、伏せて寝てくれるようになったり、手からおやつを食べてくれるようになったり、警戒心が解けてリラックスしてくれてるなというところは、感じ取りやすいですよね。家族でオスカーの変化を報告し合うようになり、自然と会話も増えました」
嬉しい変化を一番近くで体感できる喜びは、共に暮らす中で受け取る、とびきり大きな贈り物。
「成長を見守れることが楽しい」と、上谷さんは顔をほころばせる。
②優しい子が多く、初心者でも飼いやすい

懐きにくく、飼いにくいイメージを持たれやすい保護犬たち。
それに反して、譲渡センターで多くのワンコと接し、卒業して家族に心を開いていく彼らを見てきた経験から、上谷さんはこう続ける。
「人に合わせてくれる優しい性格の子が多いんです。馴れると人とコミュニケーションも取れますし、先住犬や猫ちゃん、小さなお子さんとも仲良く過ごせる子がほとんど。群れで暮らしていたことから、社会性が備わっている子が多いんです」
言われてみれば確かに、元野犬の子たちの行動は「自分勝手でわがまま放題」とは程遠い。
「初心者には難しいと思われがちですが、本当は飼いやすい子が多いんですよ。むしろ初めて犬を飼われる方は、『飼い犬とはこういうもの』という定型にとらわれずに接することができるので、心のゆとりを持って、その子らしさを受け入れてくださると感じています」
③唯一無二の個性

元野犬の見た目を表す際によく耳にする、「雑種の中型犬」という言葉。
だが実際には、ひとくくりにできない明らかな違いがある。
「雑種のため、体格、毛色、模様、毛の長さ、耳の形や鼻筋の太さ、肉球の色、目元など、様々な特徴を持った子ばかりなんです。一目瞭然なくらい、唯一無二で個性豊かですよ」
だからこそ、世界に二頭といない個性に出会い、運命を感じて里親に立候補する人も多い。
「我が家のオスカーも、ピースワンコのたくさんの保護犬の中から迎えた子。特にキリッとした目元が好きで……」
上谷さんの目尻が下がる。
④保護犬仲間との交流

飼い主同士の繋がり、いわゆる「ワン友」の交流も、犬と暮らすことで得られる恩恵の一つ。
同じ犬種を飼う人同士のコミュニティーがあるように、雑種の子や保護犬の里親さんたちにも、同様の繋がりがある。
「散歩やドッグランで雑種の子に出会うと、『保護犬ですか?』と、飼い主さんとの会話が始まります。SNSでも里親さんたちの交流はさかん。ピースワンコでもアフターフォローはしていますが、飼い主さんの間で気軽に、悩みや情報を共有できるのは心強いですよね。『ピースワンコ卒業犬』のハッシュタグもあって、犬たちの変化を見られるのが楽しくて、時々のぞいています」
⑤家族だけが見られる表情や仕草

初対面では険しい顔だった子も、馴れてくると、家族にしか見せない仕草や表情が現れる。
それらは時間をかけ、丁寧に織り上げてきた信頼関係があってこそ見られるもの。
「オスカーは小型犬の姉たちに従順。怖がりな子でしたが、私の布団に入りたいとつついてきたり、お散歩に行きたいと嬉しそうに吠えてみたり、要望をこちらに伝えてくれるようになりました」
センターでは、ずっとボールに執着していた子が、里親さんに迎えられ、愛情で満たされてからはボール遊びをしなくなったということも。
その他にも、驚くような変化を上谷さんは目にしてきた。
「体も大きく、他のワンコに対して攻撃的な面も持っていた子に家族が見つかったのですが、その後、そのお家では2頭目に小型犬を迎えられたんです。小型犬を威嚇するような子だったので心配したんですが、実際に2頭目が来てみたらすごく仲良くなって、寄り添って寝ていると聞いて。私たちがセンターで見ている姿だけでは分からないんだなと、気付かされましたね」
犬たちは、心の拠り所

家族だけに見せる保護犬たちの姿を知ったことで、「自分たちの先入観に捕らわれず、犬の可能性を信じる譲渡をしなくては」と思うようになったと、上谷さん。
「元野犬のイメージ向上や、飼い主の高齢化問題、殺処分への問題意識の浸透、他団体様との連携など、まだまだできることはたくさんあると感じています」
より良い譲渡のため、全国殺処分ゼロを実現するため、奔走する毎日は続いている。
その日々の中で、オスカーたちの存在は心の拠り所になっていると、上谷さんは教えてくれた。
「岡山譲渡センターでも、他県のセンターへの出張でも、この子たちには可能な限り一緒に出勤してもらっています。心強くて、離れがたい存在。一緒にいてくれないと困りますね」
犬たちを助けたい思いから、ピースワンコで働き始め、里親になった。
その犬たちが今では、自分を支えてくれる存在となっている。
保護犬と暮らし、共に生きることで得られるもの。
上谷さんの言葉や生き方に、その素晴らしさは、温かく滲み出ているようだった。
取材・執筆:林りん
ライター、編集者、イラストレーター。シニアの愛犬が相棒。インバウンド向け情報メディアの編集部に勤務後、フリーに。雑誌やライフスタイル系WEBマガジンでの編集・執筆、企業オウンドメディアのデレクション、コピーライティング等を行う。近年はイラストレーターとして、出版物の挿絵やノベルティグッズのイラスト等も手がける。