
愛犬が「がん」と診断されたとき、多くの飼い主さんが戸惑いや不安で頭が真っ白になるのは当然のことでしょう。「治るの?」「余命は?」といったさまざまな疑問が浮かぶはずです。
犬のがんは決して珍しい病気ではなく、特にシニア期に入ると発症する確率は高くなります。
この記事では、犬のがんに関する基本的な知識として、初期症状、犬に多いがん、治療法の比較など、飼い主として知っておくべきポイントをわかりやすく解説します。正しい知識で冷静に判断することで、愛犬のQOL(生活の質)を守りながら後悔のない選択をしていきましょう。
がんの基礎知識

がんは、本来は体の中にある正常な細胞が細胞分裂の時にコピーミスを起こして異常な細胞に変化し、それが無制限に増殖する状態です。
犬のがんも人間と同じように良性と悪性があります。悪性腫瘍のうち、皮膚、粘膜、内臓の表面を覆う細胞などから発生するものをがんと呼びます。
がんの原因
犬のがんは1つの原因で起こるものではなく、複数の原因が組み合わさって発症すると考えられています。発症のリスクを高めるとされる要因には以下のようなものがあります。
- 加齢
- 遺伝的な体質
- 犬種
- ホルモンの影響
- 肥満
- 生活習慣 など
原因を完全に取り除くのは難しいですが、リスクを理解し、生活習慣を整えることで予防や早期発見につなげましょう。
がんの特徴
がん細胞は、血液やリンパの流れに乗って他の組織や臓器に広がり(転移)、転移した先の正常な組織を破壊しながら増殖します。
がん細胞は増殖のスピードが早く、その成長には大量の酸素や栄養分を必要とします。そのため、体に必要な栄養分が奪われ、犬の体に体重の減少や貧血などの症状がみられるようになります。
がんの初期症状と末期の症状
初期症状として比較的多いのは以下のような症状です。
- 体の表面にできるしこり
- 体重の減少
- 軽い咳
- 食欲低下
- 元気の低下
特に、触ると動かない硬いしこりや、数日〜数週間で急に大きくなるしこりは注意が必要です。また、口の中の腫れ、口臭の悪化、出血しやすいできものなどもがんの初期のサインのことがあります。
がんが進行し末期に近づくと、症状はよりはっきりと現れます。
- 強い倦怠感
- 食欲廃絶
- 呼吸の異常(速い・苦しそう)
- 腹部の膨れ
- 嘔吐・下痢
- 極端に痩せる など
臓器に転移している場合は、その臓器の機能が悪くなり、さらに重い症状が出ることもあります。
これらの症状はがんの種類によって全く異なるため、普段と違う小さな変化を感じたら、早めに受診することをおすすめします。
犬に多くみられるがん

動物病院で実際に診察する件数が多いがんには、以下のようなものがあります。
- 肥満細胞腫
- 乳がん
- 悪性黒色腫
- 扁平上皮がん
- リンパ腫
それぞれの特徴や治療法をみていきましょう。
肥満細胞腫
肥満細胞という免疫に関わる細胞が腫瘍化したものです。多くは皮膚に発生し、しこりや腫れ、赤みなどの症状が見られます。
治療は、外科手術が基本で、悪性度の高いものに関しては抗がん剤を併用することもあります。
乳がん

未避妊のメス犬に多いがんです。皮膚の下に小さなしこりができ、進行すると大きくなったり、乳頭から分泌物が出たりします。
治療は外科手術で乳腺のしこりを切除します。最初の発情期を迎える前に避妊手術をすることで発症リスクを大きく減らすことができます。
悪性黒色腫
メラニン色素を作る細胞の腫瘍です。口の中、皮膚、足先に好発し、しこりはメラニン色素を含むため黒っぽく見えます。他の臓器に転移しやすく進行も早いがんなので、外科的切除と放射線治療を組み合わせることもあります。発症後の平均余命は短い傾向にあるため、早いうちに発見することが重要です。
扁平上皮がん
皮膚や粘膜を覆う扁平上皮細胞によるがんです。犬では、皮膚、口の中、爪の周囲、舌、鼻、性器などに発生し、部位によって症状や治療法が異なります。基本は外科手術ですが、切除が難しい場合は放射線治療を選択します。
リンパ腫
免疫細胞のひとつであるリンパ球ががん化して、体の中で異常に増えてしまう悪性腫瘍です。体の中のリンパ節が腫れるもの、皮膚にしこりや炎症ができるもの、腸管の中に腫瘍細胞の塊ができるものなど、いくつかの型があります。主な治療法は抗がん剤です。
犬のがん治療の流れと費用

がんの主な治療法は、以下の3つです。
- 外科手術
- 抗がん剤
- 放射線治療
治療法の内容とメリット、デメリット、費用は以下のとおりです。ただし、ペットの治療は自由診療のため、費用は動物病院や症例によって差が大きいので注意して下さい。
外科手術
がんを手術で取り除く治療法です。完全に切除ができれば、根治が見込める場合もあります。ただし、がんの位置や広がり方、高齢や持病などで麻酔を掛けるのが難しい症例では適用できないこともあります。
費用目安:10〜40万円前後
抗がん剤治療(化学療法)
薬によってがん細胞の増殖を抑える全身治療です。特にリンパ腫などに効果があり、手術ができない場合の選択肢にもなります。副作用は個体差があるものの、犬は人よりも副作用の重篤な症状が出にくい傾向があるといわれています。
費用目安:1〜3万円/回
放射線治療
高エネルギーの放射線を局所に照射してがん細胞を破壊します。手術が難しい場所や再発予防などに使われることが多く、痛みの緩和やQOL維持にも効果的です。ただし、放射線治療ができるのは、2次診療施設や大学病院など放射線設備のある病院に限られます。
費用目安:30〜100万円以上(施設により異なる)
QOLと治療のバランスも考えて治療の選択を

がん治療は「治すこと」だけが正解ではありません。特にがんが進行している犬にとっては「無理に延命するよりも、余生を穏やかに過ごせること」を優先に治療を考えるという選択肢もあります。
治療法を選ぶ際は以下のポイントを総合的に考慮しましょう。
- がんの種類・進行度
- 年齢や持病
- 犬の性格
- 家族の通院・介護負担
- 治療費の見通し
獣医師と相談しながら、愛犬と家族にとって最善の選択をしていきましょう。
がんの余命についての考え方
がんと診断されると、「あとどれくらい一緒にいられるのか」と余命が気になる方も多いと思います。
たとえば、リンパ腫は治療しなければ1か月程度で急速に悪化しますが、抗がん剤によって半年〜1年以上生存できるケースもあります。肥満細胞腫は手術で完治が目指せるものもありますが、進行度によっては数カ月の余命となる場合もあります。
ただし、余命はあくまで予測値です。治療によってがんを一時的に抑え込む「寛解(かんかい)」という状態を維持すれば穏やかな時間を過ごせる可能性は十分にあります。
犬のがんは予防できる?

腫瘍は年を取るほど発症する確率が上がります。がんを完全に防ぐことは難しいものの、日々のケアや生活習慣の見直しでリスクを下げることはできます。
以下のポイントを確認してみましょう。
- 普段の健康チェックや定期健診を習慣にする
- 避妊・去勢手術を受ける
- 食生活や運動の習慣を整える
それぞれ解説します。
普段の健康チェックや定期検診を習慣にする
犬の体をよくチェックして、体にできたしこりや皮膚の違和感などの小さな変化に気づくことも、がんの早期発見につながります。動物病院での健康診断も年に1〜2回を目安に忘れずに受けましょう。
避妊・去勢手術を受ける
初回発情前に避妊手術を受けることで、乳がんの発症リスクを大幅に下げられることがわかっています。去勢手術も、前立腺の病気や会陰ヘルニアなどの予防に役立つとされており、愛犬の健康を守るための大切な選択肢になります。
食生活や運動の習慣を整える

フードは、できるだけ添加物の少ない栄養バランスの良いものを選び、肥満を防ぐために適度な運動を取り入れましょう。また、ビタミンC・E、オメガ3脂肪酸といった抗酸化作用のある栄養素を意識して摂ることで、細胞のダメージを抑え、体内の炎症を減らすことが期待できます。
まとめ
犬のがんは、特にシニア期に入ると発症のリスクが高まる病気です。しかし、早期発見と適切な治療、そして生活環境の見直しによって、完治や症状のコントロールが可能なケースも少なくありません。
がんと診断されたときは、戸惑いや不安、悲しみが大きくなるものです。ですが、余命だけに目を向けるのではなく、今この瞬間に愛犬のためにできることを考えることが、後悔のない時間を過ごす第一歩になります。
がんの治療には、外科手術、抗がん剤、放射線治療という3つの基本的な選択肢があります。治療法を決める際は、愛犬の年齢や体力、性格、ご家族の介護体制も含めて、獣医師としっかり相談しながら、愛犬にとって最善の方法を選んでいきましょう。
【執筆・監修】
獣医師:安家 望美
大学卒業後、公務員の獣医師として家畜防疫関連の機関に入職。家畜の健康管理や伝染病の検査などの業務に従事。育児に専念するため退職し、現在はライターとしてペットや育児に関する記事を執筆中。















