ピースワンコで働くということ 4

犬たちのことば

もの言わぬ、とされる犬たち。

その気持ちが分かるように、彼らが願いや恐れを言葉で伝えてくれたら……

犬と暮らす人なら、きっと一度はそう考えたことがあるのではないだろうか。

実は犬たちは、ささやかな変化や仕草を通して、私たちに多くのことを伝えてくれている。

「彼らが何を思っているのか、ほぼ正確に把握できている自信はあります」

そう話すのは、ピースワンコのトレーニングチーフを務める、中田紫野さん。

犬たちの目つきや毛の動きといったボディランゲージから読み取れることは非常に多い。

温かくよく通る声で、中田さんはそう教えてくれた。

チーフとして、スタッフの育成も

神石高原町のスコラ犬舎で、保護犬たちの日々のお世話と並行しながら、訓練を行ってきた中田さん。

現在はトレーニングチーフとして、ピースワンコ全体のドッグトレーニング技術を底上げすべく、スタッフ向けの講習や、総勢13名のトレーニングチームに向けて外部のトレーナーを招いたセミナーを開催するなど、育成業務にも取り組んでいる。

さらに、ピースワンコのYouTubeチャンネルでは、トレーニング動画の講師として出演。

トレーニングを軸に、幅広い場面で活躍中だ。

「子どもの頃は、警察犬の訓練士になって、シェパードを飼うことが夢でした」

そう話す彼女は、近い形で夢を叶えた今、輝いて見える。 だが、現在に至るまでの道は、決して真っ直ぐなものではなかった。

夢を横目で見つめながら

子どもの頃から動物、特に犬と馬が好きだった中田さん。

ただ、実家は転勤が多く社宅暮らし。

犬とは暮らせず、ハムスターを歴代7匹ほど飼っていたそう。

それでも犬たちへの関心は変わらず、小学生の頃には殺処分の問題を知り、夜も眠れないほど心を痛めたと話す。

「犬たちが命を奪われていることに、衝撃を受けました。高校生の頃にはピースワンコの存在を知って、Facebookでフォローしていましたね。広島の殺処分ゼロを達成し、日本全国での殺処分ゼロを目指すという発表を見て『ありがとう!』と感じていました」

当時はまだ、ピースワンコで将来働くとは想像していなかった、と中田さん。

犬の訓練士を目指したい。

いつか犬の保護活動に関わりたい。 そんな思いを抱きながらも、高校卒業後、中田さんは飲食関連の会社に就職する。

ハードワークの果てに

「アルバイトしていた飲食店に声をかけてもらい、親の勧めもあって、正社員として就職しました。配属された職場は、朝7時から23時半までの勤務が頻繁にある労働環境。3年勤めたものの心身に影響が出てしまって、退職を決めるしかありませんでした」

心と身体の限界から、岐路に至った中田さん。

その選択は、大きな転機をもたらした。

「送別会の帰りに大事なものを電車に忘れてしまったんです。翌日、探し回りましたが見つからず、疲れ果てて、当時度々訪れていたペットショップに立ち寄りました。そこで、現在の愛犬、小型犬MIXのパルと再会したんです。パルは当時5ヶ月で、セール価格で生体販売されていました。保護犬を迎えたいと思っていましたが、一人暮らしで勤務時間も長く、里親の審査には通らなくて。パルが気がかりだったこともあり、仕事を辞めた今なら犬と暮らせると思って、お迎えを決めたんです」

無責任な飼い主になりかねなかったですが、と苦笑する中田さんだが、パルと暮らし始めたことで、忘れかけていた夢が、再び動き始める。



トレーナーの道へ

「パルを迎え、躾をしているうちに『そういえば私、訓練士になりたかったんだ』と思い出したんです。調べてみると、働きながらトレーナーの資格を取れることが分かって、スクールを探し始めました」

幼い頃に抱いた夢へと動き出した中田さんは、トレーナー資格を取得できるスクールに入学し、仕事のかたわら通いながら、8ヶ月で卒業。

資格取得後は動物業界に入ると決めて転職活動を行い、2020年、ピースワンコに入職する。

「高校生の頃からピースワンコの活動をSNSでずっと見てきて、大切な仕事だと感じていました。いつかは保護活動に携わりたいと思っていたので、この機会に働いてみようと思ったんです」

転職し、住み慣れた関東から、広島県の神石高原町へ。

「結構思い切りましたね」と、中田さんは屈託なく笑う。

さらなる向上のために

それから4年半。

回り道もしたけれど、自分に合った仕事に「巡り会えたかもしれないですね」と中田さん。

「ピースワンコでは資格の有無に関わらず、日々の業務の延長線上にトレーニングがあります。私は個人的にトレーニングの技術と知識を向上させたくて、外部の先生のセミナーなども受講してきました。というのも、保護犬全般のトレーニング方法が分からなくて。それまでスクールで接してきた犬たちとは全く違い、習ってきたことが通用しない子がほとんどだったんです」

たとえば、散歩練習ではハーネスの付け方や連れ出し方の微妙な違いで、大暴れしたり、問題なく歩き出せたりと行動に差が出てくる。

問題行動の理由は何か、どう接すればその行動を防げるのか。 それを知りたくて、中田さんは日々、研鑽を重ねてきた。

入職して2年、幾頭かの看取りも経験してきた。

その子に合った方法を考える喜び

自分の担当しているワンコの変化が、一番のやりがい。

中田さんは笑顔でこう続ける。

「トレーニング方法を考えるのが、すごく楽しい。自分の持っている方法が通用しない子に当たると、どうトレーニングするかを1日中考えるんですね。行動分析学の本を読んだり、尊敬する先生の動画を観たりしながら、その子のつまづいている点を繰り返し思い返すんです。突破口が見えた瞬間は、すごく嬉しいですね」

これまでに幾頭ものワンコをトレーニングしてきた中田さん。

中でも、今年8月に推定13〜16歳で亡くなった紀州犬のタクマは、「かけがえのない子だった」と振り返る。

「気性難で最初のうちは苦労しましたが、1年ほどで初対面の人でもハーネスをつけられるくらいに変わってくれたんです。凛々しい立ち姿、歩き方、全てが格好いい子でしたね。犬が噛む時のサインを教えてくれたのも、タクマでした。すごく『いい先生』だったんです。こんなに早く別れが来るなら、引き取ればよかったなって思ってしまいますね」

めいとパル

中田さんが現在、家族として共に暮らすワンコは、7歳パルと4歳のめい。

めいは、スクールを卒業する際に迎えた、念願のジャーマンシェパードだ。

ピースワンコにも出勤し、YouTubeにも登場しているめい。

キリッと指示に従う姿を想像していたが、画面に映ったのは、子犬のようにひっくり返って甘える、可愛らしい姿だった。

「めいは、子犬にとって大事な時期といわれる8週齢で迎えて、私が全てをかけて育てた子。幼い頃からピースワンコで過ごしたシェパードは、こうなるみたいですね」と、中田さんは笑う。

「パルは、トレーナーになるきっかけをくれた子。性格形成に重要な期間を一緒に過ごせなかったこともあり、今も問題行動が見られますが、犬との向き合い方を考えさせてくれる存在です。2頭とも大切な私の支え。保護犬の子たちにとっては、『甘えても大丈夫だよ』と示してくれる、いいお手本になってくれています」

さらなる夢に向けて

技術を磨き続けながら、活躍の幅を広げてきた中田さん。

未来の展望について伺うと、こう答えてくれた。

「ドッグトレーナーの国際資格、CPDT-KAを取得したいです。目指すのは、犬のことも飼い主さんの要望も尊重しながら、双方が心地よく生活できるトレーニング方法を提案できる存在。犬と一緒に誰かを助けたい、何か世の役に立つことをしたいというのが、子どもの頃の夢でしたが、形は違っても、結局は犬と一緒に働ける仕事が、自分にとって楽しいと思える職業だったんだなと感じています」

将来はトレーナーとして開業し、保護犬のトレーニングも継続して手がけていきたいと話す、中田さん。

凛とした佇まいに、柔らかな笑顔。

芯の通った話し方からは、仕事への情熱と矜持が、伝わってくるようだ。

トレーナーとしての可能性を広げながら、伸びやかに働く姿。

それは後に続く人々にとっても輝く道標となり、いつかきっと、進むべき道を照らしてくれるだろう。

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取材・執筆:林りん
ライター、編集者、イラストレーター。シニアの愛犬が相棒。インバウンド向け情報メディアの編集部に勤務後、フリーに。雑誌やライフスタイル系WEBマガジンでの編集・執筆、企業オウンドメディアのデレクション、コピーライティング等を行う。近年はイラストレーターとして、出版物の挿絵やノベルティグッズのイラスト等も手がける。

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