
犬が下痢や嘔吐をすると、「何か悪いものを食べたのかな?」「病気かもしれない」と心配になりますよね。
嘔吐や下痢といったお腹の症状には
- ストレス
- 食事の変化
- 感染症
- アレルギー
- 腸の病気
など、さまざまな原因が考えられます。それぞれ対処法は大きく異なるため、まずは何が関係しているのかを見極めることがとても重要です。
IBD(炎症性腸疾患)は、腸の病気が原因で下痢や嘔吐が続いてしまう病気です。この記事では、IBDの特徴や治療、食事管理について、飼い主にわかりやすく解説します。愛犬のお腹の症状に悩んでいる飼い主はぜひ参考にしてみてください。
犬のIBDとは?

IBDは3週間以上下痢や嘔吐などの症状が続く腸炎の中で、ステロイドなど免疫抑制剤による治療が必要なタイプのものを指します。食事や抗生剤による治療では改善しません。
腸の粘膜を顕微鏡で観察するとリンパ球や形質細胞が集まっている様子がみられ、「リンパ球形質細胞性腸炎」と診断されます。
犬のIBDは、人で言う「潰瘍性大腸炎」や「クローン病」に相当します。これらの病気も原因がはっきりしないまま腸に炎症が続く病気で、国に難病指定されています。
IBDの原因
IBDの原因は以下のようないくつかの要素が重なり合って腸に炎症が起きるケースと考えられています。
- 免疫の過剰反応
- 腸内細菌のバランスの乱れ
- もともとの体質や遺伝
- 食べ物の影響
- ストレスや環境の変化
ひとつの明確な要因で起きる病気ではないことが、治療を難しくしている理由です。
犬のIBDの主な症状

IBDでは以下のような症状がみられます。
- 下痢(軟便〜水様便)や嘔吐が続く
- 便に血や粘液が混じる
- お腹がゴロゴロ鳴る
- お腹が痛くなる
これらの症状が、良くなったり悪くなったりを繰り返しながらいつまでも続くのが特徴です。
症状が長引くと、全身にも影響が出る
適切な治療が行われないまま嘔吐や下痢などの症状が長引くと、十分に栄養素やタンパク質が吸収できず体全体に影響が及んできます。
- 痩せる
- 動かなくなる
- 元気がなくなる
- 毛艶が悪くなる
特に、アルブミンというタンパク質の吸収が低下すると、むくみ、腹水、だるさなどの重い症状が出る「低アルブミン血症」を引き起こします。重度の場合は命に関わることもあるので、下痢や嘔吐が続くときは早めに原因を調べ、適切な治療を始めることがとても大切です。
早期発見のポイント
IBDは、できるだけ早く治療を始めることで予後が改善しやすい病気です。以下の症状が 2〜3週間以上続く場合、早めに動物病院に相談しましょう。
- 下痢や軟便が長く続く
- 断続的に嘔吐する
- 体重が減ってきている
- 便に血や粘液が混じる
- 元気や食欲が落ちてきた
お腹の症状は「しばらく様子を見よう」と先延ばしにしてしまいがちですが、早期の診断と治療が、その後の生活の質を大きく左右します。
IBDの診断

嘔吐や下痢を起こす病気は、感染症からストレスによるものまでさまざまです。
IBDの症状は、嘔吐、下痢、体重減少など他の多くの病気と共通するため、症状だけで診断することはできません。そのため、検査で寄生虫や感染症による腸炎の可能性を全て除外したうえで「他の原因が見つからない→IBDの可能性が高い」と診断されます。
病気を確定したい場合は、内視鏡検査と組織検査(腸の一部を切り取り、病理検査を実施)で診断することができます。ただし、内視鏡には全身麻酔が必要になるほか、病理検査をしても他の病気と見分けにくいケースもあります。
IBDの治療方法

IBDを疑う犬には、まずは食事の管理をしたり抗生物質などの薬を飲ませたりして反応を見ます。治療への反応が悪い時や、リンパ腫との鑑別をしたい時などには内視鏡で確定診断を行います。
IBDは完治が難しく、症状をコントロールしながら付き合っていく病気とされています。その理由は3つあります。
- 原因が1つではないから
- 免疫の過剰反応が関わっているから
- 腸粘膜のダメージが段々積み重なるから
IBDは、免疫の過剰な反応や遺伝的な体質、ストレスなど、複数の要素が絡み合って発症する病気で、ひとつの原因を特定できないため、根本的に治しきることが難しいのが特徴です。また、治療への反応には個体差があり、同じ治療を行っても改善具合は犬によって異なります。
さらに、腸の粘膜は炎症を繰り返すことで厚く変化し、完全に元の健康な状態へ戻りにくくなることがあります。症状が落ち着いたとしても、ストレスや体調の変化といったちょっとしたきっかけで再発することも珍しくありません。
だからこそ、IBDの治療は「完治」を目指すのではなく、症状を抑えて普段通りの生活ができる状態=「寛解」を目指すのが目的です。
治療の具体的なステップ
IBDの治療は、以下の方法で行います。
- 食事療法:IBD治療の基本
- 薬物療法:症状の重さに応じて
- 生活環境の見直し:ストレスケア
それぞれ解説します。
食事療法

まずは、体質や症状に合わせて獣医師が処方する療法食に切り替え、腸管にかかる負担を減らします。この時、療法食以外のおやつやトッピングは与えないことが重要です。食事療法のみで症状が改善する場合は、IBDではなく食事反応性腸炎と診断されることもあります。
薬物療法
食事療法で十分な改善が見られないときは、ステロイドで炎症を抑える治療を行います。ステロイドだけでは効果が不十分なときは、免疫抑制剤を併用することもあります。
また、嘔吐や下痢が長引くと栄養不足や脱水を起こすので、必要に応じて、ビタミン剤の補給や点滴で脱水の改善を行い、全身の状態を整える必要があります。
生活環境の見直し
ストレスは腸の状態を悪化させる原因になります。
- 食事時間や散歩の時間を一定にして、生活リズムを整える
- 犬の生活環境を改善する
といったケアを同時に行いましょう。
IBDの寿命・予後について

IBDの寿命や予後は、症状の重さや治療への反応によって大きく変わります。「完治しない病気」と聞くと不安に感じるかもしれませんが、適切な治療と管理によって長く穏やかに暮らしている犬もたくさんいます。
軽症〜中等度の場合
食事療法やステロイドによる治療で症状が安定し、体重も維持できている場合は、一般に予後は良好で、寿命に大きな影響が出ないことが多いです。日常生活をほぼ普段通りに送れる犬も多くいます。
中等度〜重度の場合
ステロイドや免疫抑制剤による治療が必要な犬では、食事の管理を徹底して治療にしっかり反応するようになれば、状態が安定しやすくなります。
重度の場合
残念ながら治療にうまく反応しないこともあります。栄養不良や低アルブミン血症により全身の状態が悪くなり、死んでしまうケースもあります。
飼い主にできること

IBDと向き合ううえで大切なのは、治療を続けながら日常の小さな変化を見逃さないことです。食事内容、便の状態、体重、元気や食欲の変化などを記録しておくことで、治療方針の調整が必要なタイミングを早く察知でき、より良い症状のコントロールにつながります。
また、処方された療法食以外の食べ物を与えない、ストレスの少ない生活環境を整えるなど、日々の積み重ねが症状の安定に大きく影響します。
まとめ
犬のIBDは、食事や体質、免疫、ストレスなど複数の要因が重なって起こる腸の病気です。
下痢や嘔吐が良くなったり悪くなったりを繰り返し、長引くとやせたり、元気がなくなったりといったお腹以外の症状も現れます。
確定診断には内視鏡検査(生検)が必要ですが、全ての犬に実施するわけではありません。まずは食事療法や薬物療法を行い、治療への反応を見ながら必要な検査や治療を選択していくのが一般的です。
IBDは完治が難しい病気ですが、適切な食事管理、薬物治療、生活環境の調整を続けることで、症状を抑えながら長く穏やかに暮らすことは十分可能です。とくに軽症〜中等度で治療によく反応する犬では、寿命に大きな影響が出ないケースも多くあります。そのためにも、早期診断・早期治療がとても重要です。
愛犬の下痢や嘔吐が続くときは、「よくある不調」と見過ごさず、早めに動物病院へご相談ください。
【執筆・監修】
獣医師:安家 望美
大学卒業後、公務員の獣医師として家畜防疫関連の機関に入職。家畜の健康管理や伝染病の検査などの業務に従事。育児に専念するため退職し、現在はライターとしてペットや育児に関する記事を執筆中。















