
マダニは草むらなど私たちの身近なところに生息し、人や動物にくっついて血を吸うだけでなく、命に関わる感染症をうつすこともある危険な寄生虫です。
今年はマダニが媒介する人獣共通感染症(※動物からヒトへ、ヒトから動物へ伝播可能な感染症)、重症熱性赤血球減少症(SFTS)の感染が拡大しており、6月には犬での発症が確認されました。マダニは春〜秋に活発に活動するため、まだしばらく油断は禁物です。
この記事では、マダニとはどんな生き物なのか、犬にうつる感染症の症状やリスク、そして飼い主さんが今日からできるマダニ対策まで、獣医師が詳しく解説します。自分や愛犬の健康を守るために、ぜひ最後までご覧ください。
マダニは吸血性の寄生虫

マダニのサイズは、吸血前は2〜3mmのゴマ粒程度の大きさですが、吸血後は1cmほどに膨らみ血液の色が透けて赤褐色に見えます。
マダニの生活環
マダニは「卵 → 幼ダニ → 若ダニ → 成ダニ」と4つのステージを経て成長します。各ステージで1回ずつ、つまり生涯で3回吸血し、吸血後は地面に落ちて脱皮して次のステージに成長します。寿命は約2〜3年です。
春〜秋に活発に活動する
マダニは野生動物がいる地域に多く生息していますが、民家の裏庭、畑、あぜ道など、私たちの身の回りにも住んでいます。
20〜30℃前後で湿度の高い環境を好み、春〜秋に活発に活動します。ただし、低温や乾燥にも強い種類もいるため、一年中注意が必要です。
ダニとマダニは別の生き物

ペットの寄生虫というと「ノミ・ダニ」の駆除が大事と言われますが、深刻な症状を起こすのは、ダニよりもマダニです。
ダニとマダニ、それぞれの特徴をまとめました。
| 特徴 | ダニ | マダニ |
| 分類 | ダニ類全体の総称 | ダニの中でも吸血性の「マダニ科」に属する |
| 大きさ | 非常に小さい(0.2〜1mm) | 肉眼で見える(2〜10mm) |
| 生息場所 | 室内(布団、カーペットなど) | 野外(草むら、山林) |
| 食性 | フケ、カビ、ホコリなど | 動物や人の血液 |
| 健康被害 | アレルギー、アトピー、皮膚炎 | 感染症、皮膚炎で深刻な症状を起こすことも |
ここからは、マダニによる健康被害として、以下の2つを解説します。
- マダニ媒介性感染症
- 皮膚炎やアレルギーなど
マダニ媒介性感染症の症状と発症状況

マダニ媒介性感染症とは、マダニが吸血する際に唾液とともにウイルスや細菌などの病原体が体内に侵入し、感染が成立する病気のことです。
犬で注意すべき主なマダニ媒介性感染症は以下のとおりです。
- バベシア症
- 重症熱性血小板減少症(SFTS)
- ライム病
- エールリヒア症
- アナプラズマ症
それぞれの病気についてみていきましょう。
バベシア症
バベシアという原虫が赤血球に寄生して破壊し、貧血を起こします。重症になると死亡することもあります。人獣共通感染症ですが犬から人へはうつらず、また健康な人なら1週間程度で回復すると言われています。
【主な症状】
- 高熱
- 元気消失・食欲不振
- 貧血
- 黄疸
- 血色素尿
犬では全国的に発生がみられますが、特に西日本(九州・四国など)で多く報告されています。
重症熱性血小板減少症候群(SFTS)

今年になってニュースでも多く報道されているウイルス性の人獣共通感染症です。猫で重症化しやすく、死亡率は約60%にもなりますが、犬では軽症でほとんどが回復すると言われています。感染したペットの体液から人にも感染する可能性があり、注意が必要です。
【主な症状】
犬:軽度の食欲不振や元気消失、発熱、消化器症状など
猫:40℃を超す高熱、元気消失、食欲不振、消化器症状、ふらつき、神経症状など
今まで西日本でのみ発生が確認されていましたが、2025年は感染報告のエリアが拡大し、人もペットも発症報告が増加しており、注意が必要です。
【関連記事】『重症熱性血小板減少症(SFTS)』とは?2つの感染経路、症状・対処法を詳しく解説
ライム病
ボレリア属の細菌によって起こる感染症です。人獣共通感染症ですが犬から人にうつることはありません。
犬では不顕性感染(感染しているが症状は出ない)が多く、実際の感染状況を把握するのは難しいとされています。
【主な症状】
- 関節の腫れ・痛み(跛行)
- 発熱
- 元気消失
人では北海道などの涼しい地域を中心に年間10〜20例程度の発生報告があります。
エールリキア症
リケッチアという細菌の一種が犬の白血球に寄生して全身症状を起こします。慢性化すると免疫力が落ち、他の感染症を併発するリスクもあります。沖縄や西日本で報告はあるものの、症例数は多くないとされています。
【主な症状】
- 発熱
- 出血(鼻血・歯ぐきから)
- リンパ節の腫れ
- 元気消失・体重減少
- 貧血、血小板減少
アナプラズマ症

アナプラズマ菌が白血球や血小板に寄生し、全身症状や関節炎を起こします。人獣共通感染症ですが、犬から人へは感染しません。日本では抗体陽性の犬が各地で確認されていますが、発症例は少なめで、感染しても発症しないことがほとんどです。
【主な症状】
- 発熱
- 食欲不振・元気がない
- 関節痛や跛行
- 血小板減少(出血傾向)
マダニに刺された部位の皮膚炎やアレルギーなど

マダニに刺された部位や、マダニを取ろうとして残ってしまった体の一部、唾液に対する免疫反応で、以下のような症状を起こす可能性があります。
- 皮膚炎・かゆみ・炎症
- アレルギー
- しこり、肉芽腫の形成
- ストレス、不快感による行動
それぞれ詳しくみていきましょう。なお、一般家庭で飼われている犬では、貧血を起こすほど多数のマダニが付くことはほとんどありません。
皮膚炎・かゆみ・炎症
マダニの吸血部位に以下のような症状が見られます。
- 赤み
- 腫れ
- かゆみ
- かさぶた
- 脱毛
- 掻き壊し部位の二次感染による膿皮症
目や耳の周り、内股、わきなどの毛の薄い部分はマダニが付着しやすい部位のため注意しましょう。
アレルギー
一部の犬では、マダニの唾液に対してアレルギーを示すことがあります。
強いかゆみや赤みなどの皮膚症状はマダニの吸血部位に集中します。ごく少数ですがじんましんやまぶたの腫れなど全身症状を起こす犬もおり、アレルギー体質の犬では注意が必要です。
しこり・肉芽腫の形成
マダニが吸血していた部位にしこりや硬い腫れが残ることがあります。通常は自然に治りますが、感染や長期の腫れがある場合は除去や治療が必要です。
ストレス・不快感による行動変化
マダニの吸血による違和感やかゆみで、以下のような行動が見られることがあります。
- 皮膚が出血するほど過剰なグルーミング
- 落ち着きのなさ
- 寝つきの悪さ など
【重要】マダニは自宅で取らず、動物病院で処置する

マダニの口器はノコギリ状の構造をしていて、素手やピンセットで無理に引っ張ると頭部だけが皮膚に残り皮膚炎の原因になることがあります。
マダニは体が固く手で潰すのは難しいですが、もしマダニの体液や犬の血液に触れると私たちが感染症にかかる危険があります。
犬の体についているマダニを見つけたら、吸血を始めていないうちは袋に密封して捨ててください。吸血中のマダニは動物病院で取ってもらいましょう。病院では洗浄や消毒をしっかり実施するので、二次感染や炎症も予防できます。
愛犬を守るためのマダニ予防対策

散歩中、気づかないうちにマダニが犬の体に付着していることがあります。
マダニから犬を守るためには、以下の4つの対策を行いましょう。
- 動物病院で予防薬をもらう
- 散歩ルートの見直し
- 帰宅後のマダニのチェック
- 同居猫もマダニ予防を
動物病院で予防薬をもらう
ホームセンターなどで手軽に購入できる市販薬もありますが、処方薬と比べるとマダニの駆除率が低く、効果の持続時間も短めです。犬の体格や生活環境に合わせて動物病院で処方された予防薬を使いましょう。
マダニ予防薬には月1回のスポットタイプや飲み薬など、さまざまなタイプがあります。最近では、フィラリアやほかの寄生虫も一度に予防できる薬が人気です。
予防薬を使う期間は、一般的には3月頃〜晩秋ですが、地域によっては通年の使用が望ましいので、獣医師とご相談ください。
散歩ルートの見直し
草むら、やぶ、山道などはマダニが潜んでいる可能性が高いです。散歩中はできるだけ整備された道を選びましょう。
帰宅後のマダニのチェック
散歩のあとは、目や耳のまわり、内股など毛の薄い部分を中心に、マダニがついていないかチェックしましょう。吸血前に見つけて取り除ければ、家の中への侵入も防げます。
細かい目のコームで優しくブラッシングすると、マダニやノミが落ちやすくなります。
同居猫もマダニ予防を

特に屋外に出る猫はマダニを持ち帰ってくることがあります。猫もブラッシングやマダニ予防薬などの対策をしましょう。
犬と猫ではマダニ予防薬の成分や安全性が異なるため薬は共用せず、必ずそれぞれに処方された薬を使ってください。
まとめ
この記事では、犬で注意すべきマダニ媒介性感染症や、皮膚炎、アレルギーなどの健康被害について解説しました。
マダニ媒介性感染症では、バベシア症や、今年感染が拡大しているSFTSに注意が必要です。
マダニに刺されないためには、獣医師に処方されたマダニ予防薬を使用すること、散歩後にブラッシングでマダニを落とし、家に持ち込まないことが重要です。もしマダニが吸血しているのを見つけたら、必ず動物病院で取ってもらいましょう。
犬だけでなく自分や家族もマダニのリスクから守りましょう。
【執筆・監修】
獣医師:安家 望美
大学卒業後、公務員の獣医師として家畜防疫関連の機関に入職。家畜の健康管理や伝染病の検査などの業務に従事。育児に専念するため退職し、現在はライターとしてペットや育児に関する記事を執筆中。












