
狂犬病は犬だけでなく人にも感染し、発症後の治療法がなく、死亡率はほぼ100%というとても怖い感染症です。日本は「狂犬病非発生国」に分類され、日常生活において狂犬病にかかる危険は極めて低く、その安心感から犬の狂犬病ワクチン接種率は年々低下傾向にあります。
狂犬病予防は、人と犬が幸せに暮らしていくために必要な飼い主の責務です。この記事では、狂犬病とはどのような病気なのか、なぜ日本でも毎年のワクチン接種が必要なのかを獣医師がわかりやすく解説します。ワクチン接種を正しく理解し、飼い主としてすべき狂犬病予防に取り組んでいきましょう。
狂犬病とは

狂犬病は人も含むほとんどすべての哺乳類が感染する可能性のあるウイルス性疾患です。日本に住んでいると実感しづらいですが、世界では今もアジアやアフリカを中心に年間約6万人が狂犬病で亡くなっており、いまだに深刻な公衆衛生上の病気とされています。
原因と感染経路

狂犬病ウイルスは感染動物の唾液に含まれており、傷口や目・口などの粘膜から体内に侵入します。
地域ごとに、狂犬病を広めている動物は異なり、アジアやアフリカといった狂犬病が多く発生している地域では主に犬ですが、アライグマやキツネ、コウモリといった野生動物が媒介していることもあります。
日本は「狂犬病非発生国」
日本は世界でも珍しい狂犬病非発生国に認定されています。
戦後間もない時期には野犬の増加により年間800頭以上の犬の発症や人の死亡例も報告されていました。しかし、1950年に狂犬病予防法が制定され、犬の登録やワクチン接種の制度化、野犬対策などが徹底された結果、1956年(人)・1957年(猫)を最後に国内で狂犬病は発生していません。
参照:東京都 保健医療局|日本における狂犬病の発生状況
犬でみられる狂犬病の症状

犬は、喧嘩や野生動物との接触などでウイルスに感染し、約1ヵ月の潜伏期間を経て発症します。犬の症状は、「狂騒(きょうそう)型」と「麻痺(まひ)型」に2つに分かれ、以下のような変化がみられます。
狂騒型
発症例の多くはこちらのタイプです。
- 光や音に敏感になる
- 攻撃的になり、理由なく咬みつく
- 落ち着きなく動き回る
- 鳴き声の異常(かすれ声、吠え続けるなど)
- 大量のよだれ
- 咽頭麻痺
麻痺型
- 咬まれた部位周囲の麻痺
- 咽頭麻痺による嚥下困難
- ふらつきや脱力
実際には両方のタイプの混合型も多く見られます。犬の「恐水症」は、精神的な恐怖ではなく飲み込めず苦しむ嚥下困難のいち症状として現れることがほとんどです。
人でみられる狂犬病の症状

人は、感染動物に咬まれたりしてウイルスが体内に入ると感染し、約1〜3ヵ月の潜伏期を経て発症します。
感染初期
- 発熱、頭痛、倦怠感、嘔吐など風邪に似た症状
- 咬まれた部位にチクチクとした違和感
感染中期
- 錯乱や幻覚、けいれんなどの神経症状
- 恐水症(喉のけいれんにより水が飲めず、水に強い拒否反応が出る)
狂犬病の治療法と死亡率

人も犬も、発症後の有効な治療法はなく、死亡率はほぼ100%です。発症後1〜2週間で昏睡状態となり、最終的に呼吸が停止します。
日本で犬に咬まれたときの対応
現在の日本には狂犬病ウイルスは存在しないため、国内で飼われている犬に咬まれたことで狂犬病に感染するリスクはありません。
ただし、犬の口の中には細菌がたくさんいるので、細菌感染を予防するための処置が必要です。必ず医療機関を受診して消毒や抗生剤の処方、破傷風ワクチンの確認を受けましょう。
狂犬病非発生国の日本でもワクチン接種が必要な理由

狂犬病ワクチンには次の2つの役割があります。
- 犬自身を守る
- 社会全体を守る
1.犬自身を守る
ワクチン接種により免疫をつけることで、万が一、犬が狂犬病ウイルスに感染しても発症を防げます。
2.社会全体を守る
世界では、狂犬病患者の9割以上が犬からの感染とされていることから、犬の感染を防ぐことで、人や他の動物への感染拡大を防ぎます。もしウイルスが国内に入ってきた場合も、免疫を持つ犬が多ければまん延を食い止め、ウイルス定着を阻止できます。
厚生労働省|狂犬病に関するQ&Aについて
日本の狂犬病対策

日本では、狂犬病ウイルスの侵入や定着防止のために次のような対策が取られています。
- 空港や港での厳しい動物検疫
- 飼い犬の登録
- 飼い犬に年1回の狂犬病ワクチン接種
それぞれ解説します。
空港や港での厳しい動物検疫
犬や猫などは、輸出前に事前届出、マイクロチップ装着、ワクチン接種証明、抗体検査などが義務づけられています。
到着後の輸入検査で、条件不備の場合は最長180日の係留検査を行い、国内への持ち込みを制限します。
飼い犬の登録

狂犬病予防法により、生後 91日以上の犬は30日以内に市区町村への登録が必要です。
市町村の役所に手数料を添えて登録をすると「犬鑑札」が交付されます。犬鑑札は首輪などに必ず装着しましょう。
犬の年1回の狂犬病ワクチン接種
狂犬病予防法により、生後91日以上の犬は年1回の狂犬病ワクチン接種が義務づけられ、接種しないと20万円以下の罰金が科せられることもあります。
ワクチン接種の受け方と注意点
狂犬病予防注射は、動物病院または自治体が実施する集合接種会場で受けられます。料金は2,900円が目安ですが、病院によっても異なります。自治体から送付されるハガキを忘れずに持参しましょう。
また、高齢や持病のある犬は、獣医師の診断により一定期間接種を猶予できる制度もあります。
【関連記事】犬の予防接種って必要?狂犬病ワクチンと混合ワクチンの違いから接種時期、方法、値段まで詳しく解説
狂犬病ワクチン接種の接種率低下が続く

国内に狂犬病が侵入したときに備え、ワクチン接種を受け免疫を持っている犬を増やしておくことが重要ですが、現在、日本では狂犬病ワクチン接種率の低下が問題視されています。
厚生労働省の令和5年度末の統計では、接種率の全国平均は70.2%にまで落ち込んでおり、都道府県別では50%台の地域もあります。
WHO(世界保健機関)は、狂犬病のまん延を防ぐためには社会全体の接種率を70%以上に維持することを推奨しています。日本の一部地域ではこの基準を下回っており、安心できる状況とは言えません。
参照:厚生労働省|都道府県別の犬の登録頭数と予防注射頭数等(平成26年度~令和5年度)
狂犬病ワクチン接種が「毎年」必要な理由

犬の狂犬病ワクチンは「不活化ワクチン」という種類のワクチンです。
不活化ワクチンは、生きたウイルスを使う「生ワクチン」と違い、体内で増殖しないため安全性が高いという特徴があります。一方で、体内での免疫の持続期間は比較的短く、接種後時間が経つと抗体が徐々に低下していきます。
つまり、過去にワクチンを接種したことがあっても、抗体が下がってしまっていれば未接種の犬と同じで発症を防ぐ効果はありません。そのため、狂犬病ワクチンは免疫を確実に保つために毎年の追加接種が法律で義務となっています。
まとめ
日本は現在、狂犬病非発生国ですが、世界では今なお毎年約6万人が命を落としています。
犬が狂犬病を発症すると攻撃性を増し、麻痺の症状もみられます。人では、水を恐れる恐水症状や幻覚などの神経症状がみられます。発症後には人も動物も治療法はなく、助かりません。
人の感染の多くが犬に由来することから、犬へのワクチン接種は個体の予防だけでなく、社会全体の感染拡大を防ぐ上でも重要です。
日本では、犬の狂犬病ワクチン接種率の低下が問題になっています。「狂犬病は日本にはないから大丈夫」ではなく、万が一に備え予防を続けていくことが重要です。また、狂犬病ワクチンは不活化ワクチンのため、「以前受けたことがあるから大丈夫」ではなく、毎年1回の追加接種が必要になります。
愛犬と、犬と幸せに暮らしていく社会を守るために、飼い主の責務として、年に1回かならず接種することを継続していきましょう。
【執筆・監修】
獣医師:安家 望美
大学卒業後、公務員の獣医師として家畜防疫関連の機関に入職。家畜の健康管理や伝染病の検査などの業務に従事。育児に専念するため退職し、現在はライターとしてペットや育児に関する記事を執筆中。















